2025年12月30日

仕事納め、ブログ引越し

「みらいらん」17号納品以後の作業が23日でだいたい終わり、26日に神山睦美さん主催の書評研究会の岡本勝人さん追悼会に出席して、年内の大きな予定は終了した感じ。まだ細かい用事が残っているが。

このブログは2025年までとして、来年から新しいブログに引越しすることにした。
https://hyoryukiroku.blogspot.com
1月から始動する予定。

(池田康)
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2025年12月23日

みらいらん17号

みらいらん17表紙.jpeg「みらいらん」17号が完成した。
今号はワーグナーの大作ニーベルングの指環の特集を組む。オペラ世界の霊峰。19世紀の大音楽家にして劇作家、詩人ワーグナーの仕事のうち最も巨大なこの作品にどう近づくか、いかに光を当てるか、核心はどこにあるか、とことん考えてみた。執筆は宇野文夫、江田浩司、高野尭、大田美和、望月苑巳、南原充士、生野毅、巌谷純介の各氏。資料として過去の批評の断片、ワーグナーの書簡の一部を載せる。
それからアイルランド文学研究の栩木伸明さんが一昨年『ポール・サイモン全詞集1964-2016』(翻訳)と『ポール・サイモン全詞集を読む』を刊行されたということで、ポール・サイモンについてのインタビューを行っている。全体像に迫る試みであり、ファン必読の内容となっている。
巻頭部分の詩作品は佐川亜紀、今井好子、平井達也の三氏に加え、Marc Kober、Turfalko、南川優子の海外の三氏を迎える。加部洋祐さんの短歌作品も掲載。
「文学展望」のコーナーはマン・レイ研究家の石原輝雄さんにお願いした。瀧口修造のマン・レイ宛の手紙の話。
そしてフランス在住の及川茂さんからフランスの詩人の活動についてのご寄稿を賜り「世界の目、世界の声」のコーナー名で掲載させていただいた。
表紙を飾るオブジェ画像は今号から彫刻家の豊田洋次さんの作品となる。今号は「時空意識」という作品。
(池田康)
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2025年12月13日

四人組とその仲間たち2025

昨夜、東京文化会館小ホールで「四人組とその仲間たち2025」コンサートを聴いた。演奏中に地震来襲というドッキリもあった。
一曲目、金子仁美作曲「ビーム〜3Dモデルによる音楽XVII」はパーカッショニストの独奏曲(藤本隆文)。数種類の打楽器を交互に演奏する。難しそうだなと思ったのは、導入部の太鼓の連打で、かなり平板な反復なので有意味な音楽に仕上げるのは困難がありそう。中盤から終盤にかけては華やかな展開があって張り合いを感じた。
二曲目、新実徳英作曲「神の木」、これは尺八(黒田鈴尊)とチェロ(山澤慧)のデュオ。尺八が西洋音楽の秩序に入っていくのは面白くないから、チェロが尺八の世界に入っていくことになるのだろう、そのセッションのぶつかり合いが聴きどころとなる。クラシック秩序から外れると言っても、ジャズ風かといえばそういう雰囲気でもないのだが、絡み合い方の自在さという点では近いものがあるかもしれない。ジャズといえばウッドベースやジャズヴァイオリンは常連だがチェロは聴いたことがない。そういう意味では尺八とコントラバスという組み合わせも良さそうに思うのだが、今回のチェロ奏者、山澤慧氏は故・西村朗の遺作のチェロ独奏曲の奏者だったという経緯ゆえチェロは絶対に外せなかったのだろう。九章が連なる変化の妙が木の生命を感じさせる。
三曲目、西村朗作曲「カヤール」はフルート(木ノ脇道元)とピアノ(篠田昌伸)の曲。カヤールとは北インドの旋律的な歌曲の呼び名とのこと。フルートはずっと低音域で動いていて、これならアルトフルートを使う方がいいのでは?と思いながら聴いていたが、作曲者が「官能的な愛の喜悦の曲」と語る通り最後は高音域に入っていって盛り上げた。ピアノも反復のスタイルで面白い音の動きをしていた。
四曲目、酒井健治作曲「ピアノ・ソナタ第1番〈クィンタ・エッセンチア〉」ピアノ=大倉卓也。技巧的な部分もあったが、基本的にはシンプルな音の組成でオリジナリティを構築しようという試みのように思われた。
五曲目、池辺晋一郎作曲「バイヴァランスXIX」、2本のユーフォニアムで奏される(外囿祥一郎、川内愛)。この楽器はオーケストラに入ることがあるのだろうか、主にブラスバンドで活躍する印象がある。縁の下の力持ちであり、ソロでの演奏は想定されてないように思われるのだが、そこをあえて取り上げるのがこの作曲家のイタズラ心だろうか。楽器の性格から精妙なアンサンブルにはなりづらいのだが、もったりとした音の重なり合いが珍しさを帯びた音風景をなしていた。
(池田康)
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2025年11月17日

みらいらん次号のこと、岡本勝人さんのこと

みらいらん次号(17号、冬号)はワーグナーの大作ニーベルングの指環の特集を組む予定。ワーグナーファンはご注目ください。それからアイルランド文学研究の栩木伸明さんが一昨年『ポール・サイモン全詞集1964-2016』(翻訳)と『ポール・サイモン全詞集を読む』を刊行されたということで、ポール・サイモンについてのインタビューを行っている。全体像に迫る試みで、こちらもファン必読の内容となっていると思うのでぜひお待ち下さい。

さて、岡本勝人さんが今月5日に亡くなった。非常にお元気な方という印象があり、本も次々と刊行されておられたので、急逝の知らせに驚愕した。みらいらんでお世話になっていて、とりわけ15号では小林秀雄についての神山睦美さんとの対談でひとかたならぬご尽力をいただき、感謝の念は強い。次号は連載ページに加えて特集にもご寄稿いただく予定だったのだが、どちらもいただくことは叶わなかった。非常に残念。ご冥福を心からお祈りいたします。
(池田康)
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2025年11月04日

詩素19号

詩素19表紙.jpeg詩素19号が完成した。

今回の参加者は、海埜今日子、大仗真昼、大橋英人、坂多瑩子、酒見直子、沢聖子、大家正志、高田真、南原充士、新延拳、二条千河、野田新五、肌勢とみ子、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと、小生。

ゲスト〈まれびと〉は、冨上芳秀さんと尾久守侑さん。

巻頭は、山本萠「線の女の子」、吉田義昭「孤独病」、新延拳「ジャングルジム」。

表紙の詩句は、シュペルヴィエルの「動作」。

裏表紙の絵は野田新五さん作。

ぜひご覧下さい。

詩素バックナンバー:

(池田康)
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2025年10月30日

神山睦美著『共苦─コンパッション』

共苦カバーS.jpg神山睦美著『共苦─コンパッション』が洪水企画から〈詩人の遠征 extra trek〉シリーズの第5巻として刊行された。A5判256ページ。税込2420円(本体2200円)。
8月の末から制作を始めたのだが、編集は非常に速やかに進んだ。神山さんの校正作業の速度が非常に速いのだ。それで2ヶ月で出来上がったという次第。このボリュームの評論の本としては思いがけないことで、驚いた。
カバーの袖に載せた案内文は次のとおり。
「ひとつの生の苦しみの行路の果てに確立された思想を核にもつ批評はしなやかに強く、内奥において熱い。人間世界の数多の悲劇的難問を読み解く決定的な鍵を「共苦=コンパッション」と命名する著者は、そのアルキメデスの支点に拠り、人類史の総体を視野に入れながら、中世・近代から現代に至る詩歌、小説、そして論考や学の根底を見極めて陰翳の襞をくぐる対話を試み、それぞれの文学の苦い声を非戦の祈りの和音へと解き放つ。」
目次を一覧すると……

序章 メモリー
日々流滴/流れのなかで
第一章 インタビューと対話
原民喜と原爆──青木由弥子/小林秀雄と戦争──岡本勝人/絶対非戦論──佐藤幹夫
第二章 詩論T 
世界の消滅と最後の人間──夏石番矢『俳句は世界を駆けめぐる』/「死の光」への道すじ──江田浩司『メランコリック・エンブリオ 憂鬱なる胎児』/存在喪失のモティーフ──林浩平『全身詩人 吉増剛造』
第三章 思想論
「悪」の立場からの「贖罪」──大澤真幸『我々の死者と未来の他者 戦後日本人が失ったもの』/本土決戦と黙示録的情熱──笠井潔『自伝的革命論』から『例外社会』へ/「政治的なるもの」への反措定──劉燕子『不死の亡命者』
第四章 古典論
南島歌謡と柳田民俗学──藤井貞和『古日本文学発生論』/民衆の不遇感と妹の力──兵藤裕已編注『説教節 俊徳丸・小栗判官他三篇』
第五章 詩論U
存在の不遇性──現代詩文庫『有働薫詩集』/苦痛の実存──現代詩文庫『杉本真維子詩集』/プライドをそがれた言葉──小池昌代〈編〉『放課後によむ詩集』
終章 思想家論
アイロニーとしての村上一郎

以上、あとがきにも書かれているが、神山氏が自ら主宰する書評研究会の活動をきっかけに生まれた批評文や対談、インタビューを集めたものが中心となっている。岡本勝人氏との小林秀雄をめぐる対談は「みらいらん」15号に掲載されたもの。
この本を読んで強い印象を受けるのは、神山氏の文芸評論の道筋、そのいわば背骨がいかに生成してきたかが具体的によくわかるところで、大学時代に学生運動に参加したが脱落し、その強烈な挫折の意識からどう立ち直って自らの思想的確信を築いてきたか、その過程が明かされていることだ。佐藤幹夫氏との対話「絶対非戦論」に次のような言葉がある。
「あの時に戦い通したのは民青の暁部隊と、のちに連合赤軍になる連中です。私も彼らのオルグに抵抗できないまま生半可な同調をしていたら、連合赤軍に入っていたかもしれません。しかし、連合赤軍のその後は、よく知られていますが、結局は何も残していないのです。それを考えると、戦わないで逃げた私が、なんとかして考え続けてきて非戦論を起ち上げたということは、これはこれで大事なことだと自分としては考えています。」
この言葉に対して佐藤氏は、
「「戦わないで逃げた」という体験事実を、少しずつ積極的なものとして反転させ、「戦わない」という選択肢もあるんだ。いやその選択こそが非戦論なんだ、とそう位置付けてきた。こう受け取ってよいということですね。」と応じている。この対話篇は著者の立脚点を知る上で必読だ。
現在進行形の詩歌作品を取り上げた章も多い。文芸評論家で詩歌とここまで正面から向き合うのは、神山睦美氏のみと言えるのではないだろうか。文学を考える上で、とても貴重な姿勢だと思われる。
(池田康)
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2025年10月12日

平野晴子詩集『有為の奥山けふこえて』

有為の奥山カバー画像S.jpg平野晴子さんの新しい詩集『有為の奥山けふこえて』が洪水企画から刊行された。A5判96ページ、2000円+税。カバーの装画は田中勇次郎氏の作品(装丁は巌谷純介氏)。
平野晴子さんは前の詩集で伴侶の介護の日々の波立ちを書いていたが、その彼を看取り、一人になっての老年の生を見つめる枯れた境地が今回の詩集の世界を形成している。寂しさ、心細さ、かそけさ、無垢さに染められた詩がベースになるが、過去を思い出す作品では熱い思いがほとばしったりもする。
とくに第二部に集められている「水たまり」「貝のボタン」「粥の唄」「希望」「風の舟」「風の道」「トパーズの指輪」は子供のころのお姉さんとの思い出をうたっており、複雑な感情を帯びた懐かしさのこもる抒情的な連作だ。
また第三部の「手を離した話」は叔母の満州での悲痛な行為をわがことのように苦悶して、感情のボルテージは非常に高い。そして「オムレツの月」では戦争と対峙する三重県伊勢市出身の詩人・竹内浩三に想いを馳せ、共鳴の声を合わせる。
タイトル作の「有為の奥山けふこえて」は小さなレクイエムだか詩人の現在の心境がよく出ているのではないだろうか。下に引用紹介する。

ちいさきものを抱きそぞろ歩む
ちがやの穂がなびき
つわぶきにシジミチョウが戯れている
みずひき草の髭が朝陽にひかった

ほら ここは
おまえが寝そべって
時を食んでいたところ
腹ばいになって
土のコトバに目を細めていたね
寝ていたのではない
振りをしていただけ

何も信じない
信じるにあたいしない
月も星も見あげはしない
それでいて人の膝が好きだった
おまえのその正直さをわたしは愛した

赤子ほどのものを抱きしめ
赤子ほどの

譬えたことにたじろぎながら
譬えを 打ち消し
譬えなおして
木のかたわらに穴を掘る

 夕べ
 譬えたはずの赤子が
 (死んだふりができなくて)
 ……………………

わたしは
ここに穴を掘るだけ
そして土を
かけるだけ
そして
花を植えるだけ

土よ
抱く器となれ
ちいさきものよ
花の名で呼ばれる日まで
ここに眠れ

(池田康)
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2025年09月11日

原利代子詩集『本を読む少年が生っている電柱』

本を読む少年が生っている電柱S.jpg原利代子さんの新しい詩集『本を読む少年が生っている電柱』が洪水企画から刊行された。A5変形判120ページ、2000円+税。カバーの装画は柿崎かずみさんの作品(装丁は巌谷純介氏)。
帯文は次のようになっている。
「戦中戦後の時代が夢の回路を通って現在の平穏とつながる──作為も深謀もないこのイマジネーションの自在な往復運動が詩人原利代子の詩の『本』のページを清澄に漉き、綴じ合わせる。」
第一部に最近の身の回りの出来事(旅行含めて)の詩、第二部に夢にまつわる詩、第三部に子供時代を回想する詩、第四部に戦争に関わる詩を集める。現在と過去との間の自由な往還がこの詩人の詩世界の独自性を形作っており、この詩集を無二のものとしている。
そして柔軟な感性がすべての作品に作用して生き生きとした表情を顕現させている。
打ち合わせのために静岡県藤枝市のお宅を訪れてお話したのだが、非常に生気の満ち満ちた方でそれはそのまま各々の詩で活気となって息づいているように思う。
タイトル作「本を読む少年が生っている電柱」を引用紹介したい。

 引っ越しを少年たちが見物している
 物珍し気に首をのばし
 生意気がお互いをつっつきあって
 力んで荷を運ぶおとなの本気を
 せせら笑ったりして

 本を入れた箱の荷がほどかれると
 のばす首に力がまし積み上げられた書物の周りを
 いつの間にやらずかずか取り囲んだ少年たち
 本の山からそれぞれが気に入ったものを見つけると
 道端に座り込んでにわかの読書会が始まった
 本の少ない時代だった
 引っ越し騒動の家で
 少年たちは本の中に嵌り込んでいった
 家の引っ越しが終わっても
 読書会は終わらない

 暗くなると
 少年たちは外の電柱の明かりの下で本を読んだ
 二〇燭ほどの電柱の明かりの下
 誰かがどこからか梯子を持ってきて電柱に掛けた
 ぞろぞろと少年たちは梯子を上る
 なるべく電灯に近いところまで上る
 片足片手で梯子につかまり夢中で本を読む子
 両足を梯子に絡み付かせ目は頁から離さない子
 横木の間にお尻をはめ込み悠然と読む子
 弱い灯りを求め危なげに身を乗り出している子
 ずり落ちそうになりながらも本から目を離さない
 まるで本を読む少年が電柱に生っているようだ
 小さいわたしは引っ越し荷物の間からじっと見ていた
 本を読む少年が重なり合って生っている電柱を
 遠い昔のことだけれど
 その電柱は今でもわたしの中に立っている
 わたしもその電柱に生っているのだ
 そして本を読んでいる
 二〇燭の明かりの下で

(池田康)
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2025年08月29日

新聞記事が出ました

陸奥新報20250828「みらいらん」.jpegみらいらん16号を紹介する記事が陸奥新報に出た。巻頭の藤田晴央さんの作品「ティンユエの雪」が特に取り上げられ、多くの読者が注目するこの詩の背景が説明され、より理解が深まるので、ぜひご一読いただきたい。

(池田康)
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2025年08月04日

虚の筏36号

虚の筏36号が完成した。
今回の参加者は、平井達也・小島きみ子・久野雅幸・生野毅の皆さんと、小生。
下記リンクからご覧ください。
https://www.kozui.net/soranoikada36.pdf
虚の筏のバックナンバーは下記のページからご覧ください。
https://www.kozui.net/soranoikada.html
(池田康)
posted by 洪水HQ at 07:33| 日記