2016年04月27日

2016年04月26日

立花隆著『武満徹・音楽創造への旅』

1990年代に「文学界」に連載された音楽評論が時を経てこのたび上記タイトルで単行本化された(文藝春秋)。たまたま「洪水」17号ジャズ特集の論考で武満とジャズの関係を書いたので、それに関連する事柄も詳しく論じられているだろうと思い、好奇心でひもといた。そのテーマについて言えば、ジャズ・ミュージシャン、ジョージ・ラッセルの旋法と中心音を考究した音楽理論に親炙し多くを学んだという部分は重要なのだろう。まだ部分的にしか読んでないが、ほかにも、「ノヴェンバー・ステップス」の生まれる過程、鶴田錦史という特異な演奏家の生き方、海童道祖なる尺八の達人の非音楽的な竹笛演奏、ジョン・ケージの仕事の意味あいと受容のされ方、ヒューエル・タークイという批評家の果たした役割、などなど、知らないことが多く、とても勉強になる。根音よりも中間音を大事にするという武満の考え方もなるほどと思った。60年代の草月アートセンターについても詳しく知りたかったので、いろいろ記述があり、ありがたかった。インタビュー取材で得たしゃべり言葉の証言を多く活用していることもあって、スムーズにどんどん読める。最近読んでいたアメリカの小説の翻訳本よりもはるかに読み易い。しかし細かい字の二段組みで780頁もあるので永久に読み終わらない雰囲気もある。立花隆という特別の立ち位置の評論家が音楽のこのジャンルについてかような大作を著したということは大きな意味があることだろう。
(池田康)

追記
アメリカ文化センターはCIEというのですね。以前「洪水」の実験工房についてのなにかの記事で誤ってCIAと書いていたように思う。お詫びして訂正いたします。
posted by 洪水HQ at 13:19| Comment(0) | 日記

2016年04月21日

福島泰樹著『追憶の風景』

個人的にこのところ、不運やへまや悪夢、ハートチリング&スパインブレーキングなことが重なり*、一寸先ならぬただちに今此処は闇、と思われたが、手がけているいくつかの単行本(詩集など)の制作がまずまず順調に推移しているのが慰めだ。遠からずお披露目できる予定。
さて今回紹介するのは、帯に「悲しみの連帯を生きよ!」とある、福島泰樹著『追憶の風景』(晶文社)。身近に交わり、先に逝った108人の人生を短い文章で語る(もとは東京新聞連載)。“記憶装置”の短歌作品をまじえ、内輪のエピソードもふんだんに含ませながら、その人物の生涯のエッセンスを的確に捉えて紙に刻みつける。それぞれの生の風景が鮮烈でなまなましい。著者自身の蹉跌も数多く記し留められていて鋭く刺される思いがする。
登場する方々を冒頭から順に何人か挙げるなら、西井一夫、立松和平、岸上大作、中井英夫、佐山二三夫、諏訪優、武田百合子、小笠原賢二、といった人たちであり、吉本隆明、塚本邦雄、中上健次、大岡昇平などの巨匠も入っている。また両親をはじめ著者の家族や親族も特別の愛情の熱を帯びて呼び出されている。どの人生にも凄絶なところがあると思わせるのが福島氏の人間把握の基本的特質だろう、読み通すととても重たい。
先日、この本の出版記念会があり、参加したのだが、著者の交友の広さがうかがわれ、非常に華やかだった。とくに最後に版元の代表が感極まったかんじでスピーチされていたのが印象に残った。
さて福島さんはご存じの通り「短歌絶叫コンサート」を40年以上続けており、通算すると1500ステージを超えるとか。その音楽と文学の特異な共同制作の内幕をインタビューで語っていただき、「洪水」次号に掲載する予定だ。楽しみにお待ちいただきたい。
(池田康)

* 慣用表現として正しくは、heartbreaking, spinechilling
posted by 洪水HQ at 13:31| Comment(0) | 日記

2016年04月17日

身を守る難しさ

熊本での地震、大きい上に広がり方が不気味で、生活基盤の崩壊も深刻のようだ。このようななかで被災地では住居空間の強化や屋外避難など各人自己防衛の努力がなされているのだと想像するが、自分の身を守るという行為はどこか盲点を伴い、抜けたところが出てきがちなものだ。本を作る場合でも他人の本は誤植がどこかに紛れ込んでいないかと目を皿のようにして検査をするのだが、自分の本となるとなぜか安心してしまって面倒がって必要な慎重さ入念さをかけず、結果として痛恨の過誤が残ってしまうということがままある。無根拠の過信。自分は大丈夫だと、どうして思ってしまうのだろう。自分の世界において己は王であり、王は王特有の独善の死角を抱きかかえていて、厳しいことを言う賢者や道化をつねに身近において叱ってもらうようにしないと危ういらしい。早期の災害の終息を祈るばかり。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 22:44| Comment(0) | 日記

2016年04月12日

原付で走る

先月初めから原付に乗っている。すでに気候も穏やかになり、近隣ならこれで十分だ。それほどスピードは出せないが、自動車と違って、宙を飛んでいるような感覚がある。ちょっと愉快だ。桜並木の下を走っていると、落ちてくる桜の花びらが顔に当たって、ぺしっとかわいらしい衝撃を受ける。こんなのも楽しい。
メゾソプラノの波多野睦美が野平一郎のピアノ伴奏で録音した「美しい日本の歌」を聴いていた。この人の上等の絹のようなやわらかい歌声はこの季節の佳日に聴くのがぴったりなかんじがする。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 14:15| Comment(0) | 日記

2016年04月08日

Zippo

擬音を商品名にしたとしか思えないこのライターが一つ、父の遺品として私の手元にある。なんの飾りもないシンプルな品。このライターを使うために、という倒錯した理由でこのごろは一日に一本吸うか吸わないかていどの手遊びに煙草をふかしている。それが一昨日、火花を出す輪っかがひっかかって回らなくなり、それがなにかのはずみで取れたと思ったら全く火花が出なくなってしまった。という訳で、フリント(発火石)を交換した。説明図を見ながら作業するのだが、説明が簡単すぎるのかこちらの飲み込みが悪いのか手間取る。ようやく成功、めでたく元通り火が出るようになった。オイル補給は頻繁にやっているし(君、なぜこんなに油を食うのよ?)、芯も一度交換しているので、今回のフリント交換でジッポライターのメンテナンス完全制覇だ。ようやく自分のものになったといったところか。仕組みが単純でどんな具合に作動するか一目でわかる点がこのライターの愛着される所以なのだろう。木火土金水。木や土や金は建設的で永続する存在物を作るが、火や水は逆に流動や変化を生み出す要素だ。ダイヤモンド派に対抗するのはジッポ派らしい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 14:24| Comment(0) | 日記

2016年04月05日

駅のA面B面生態学

レコードのA面B面のように、駅の北側と南側(東側と西側)で栄え/寂れの度合いが違うことがよくある。北口側は繁華街なのに南口側は寂しい雰囲気だとか。同じ駅でも出る方向、アプローチする方角によって表情が変わるのだ。
最近、沼津駅で途中下車することがあったのだが、なにも知らずに北側に出たらなにか寂しげな町だなという印象だった。おそらく南側は賑やかなのだろう。港も市役所もあるし、高いビルも建っていたから。
札幌駅はテレビ塔やすすきのへ向かう南側が栄えているだろうし、名古屋駅は城のある方向の東側が表になっている。新宿駅は城のせいかどうか知らないが東側の方が商業地区としては賑やかだ。これが渋谷に行くと、どちらかというと山手線の外側(西側)の方が繁華街で、これが渋谷で方向感覚がおかしくなる(個人的な話?)おおもとになっていると思われる。
大阪駅は何回も行っているはずだがうまくイメージできないのはごちゃごちゃしすぎているせいか。豊橋駅は南側は勝手口程度。静岡駅は駅自体が巨大なショッピングモールになっていて、そこで途中下車の用事が済んでしまい、外に出ることもなかった。いつも工事中という有難くない定評のある横浜駅は西口の方が楽しいだろうか。
東京駅はハブとしては大きいが駅エリアが楽しめるかというと疑問だ。上野駅は東側はなんということもない街なのに対して西側には巨大な上野公園があり、改札は小さくてもこちらがA面になるのだろう。そのうえ中央改札は南に向かってひらいており、構内の景観もすばらしく、そこから南へ出ると更に線路沿いに繁華街が続いていて、こちらをC面と言ってもよさそうだ。ABC3面を誇る上野駅にナンバーワンステーションの称号を贈りたい気がする。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 18:22| Comment(0) | 日記