2016年07月31日

吉増剛造展 声ノマ

昨日上京の用事についでに、かねて林浩平さんから勧められていた吉増剛造展「声ノマ」(竹橋・東京国立近代美術館)を観た。タイトルは「声の真」「声の間」「声の魔」を意味するらしい。詩の草稿・生原稿、日誌や書簡、多重露光写真や映像作品、さまざまな音源を収めた数百本のカセットテープ、銅板打刻オブジェ、などなど、詩人という地味な存在が作り出すものとしては例外的に華やかな景観となっている。最新の詩集『怪物君』(みすず書房)が会場に無造作に置かれていて自由に頁をめくれるのはありがたい。最後の部屋では舞踏家の大野一雄とのコラボレーションの映像作品を上映していて、大野の芸を目の当たりにすることができる。これを自己解釈として見るならば、「私の詩は“暗黒舞踏”である」と言っているのであろうか。
近著『我が詩的自伝』(講談社現代新書)は詩人自らがざっくばらんに語る、生きてきた時代のドキュメントのようで、おもしろそうだ。
(池田康)
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2016年07月24日

緋国民楽派14回コンサート

昨日、「緋国民楽派」の第14回作品演奏会を錦糸町のすみだトリフォニー小ホールで聴いた。「緋国民楽派」は寺嶋陸也、萩京子、吉川和夫の作曲家三氏のグループ。「洪水」18号にインタビューで登場してくださった萩さんにご案内をもらって。演奏は、水野佐知香(vn)、寺嶋陸也(pf)。コンサート前半は「緋国民」にしては上品でシリアスな曲が並んだが、後半は歌の弾力が感じられる曲を柱にしたプログラムになっていた。
もっとも強くはっきりと音楽の愉楽を享受したのは寺嶋作「グリーンスリーヴスによる変奏曲」で、おなじみのこの民謡をもとにした変奏曲を無伴奏のヴァイオリンで弾く。バッハを思わせるような構築の変奏もあり、バロック風、古典派風、ロマン派風などと変化をつけていったと作者が語るとおり音楽スタイルのメタモルフォーゼが面白い。学生時代に作った曲の発展形の一つだそうで、寺嶋氏の創作にかけるしぶとさが偲ばれる。
吉川氏は清冽な「幻想風小品〈NAIWAN〉」「Air」の二曲で音楽に対する誠実な取り組みの姿勢がなんとなくわかった。(「ソナタ風幻想曲〈SANRIKU〉」は長すぎてこのとき少し往路の疲れからくる眠気と格闘していた私には全体がつかみにくかった)
萩さんの曲「A FOREST」は純然たる器楽曲で、オペラの仕事とはちがった面でのきびしさを見ることができた。「もうひとつの…」は歌をもとにした5曲の組曲で、歌のリズムと旋律が楽しい。
「緋国民」とはなにか。こんな国のメインストリームに従順な国民にはなりたくないという思いもあるのかもしれないが、「緋の国」の民という意味かもしれず、とすると「緋国」とは幻の歌の国のようなものだろうか。
ヴァイオリンの技を存分に堪能した一夜だった。
(池田康)
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2016年07月18日

吉田義昭ライブ@あおしま

昨日の午後、青山一丁目のレストランあおしまで吉田義昭さんのライブがひらかれた。詩集『空気の散歩』(洪水企画)の刊行記念として。会場の店は素直な広がりのスペースが気持ちよく、落ち着きがあり、備え付けのピアノを置いた常設のステージが立派で、快適に聴くことができた。
曲目は「ジャニー・ギター」「希望」「Unchained Melody」「バラの刺青」「追憶」など。演奏はヴォーカルの吉田さんの他、宮本一(シンセサイザー)、宮本あんり(ピアノ)のご夫妻。プログラム最後の「アドロ」は暗く悲しすぎるから長らく封印していた曲とのことで、たしかに初めて聴くかんじ。「花水木の手紙」は詞=吉田義昭、曲=宮本一の新曲で、大丈夫かなあという言葉とともに緊張感いっぱいに披露された。新曲が混ざっていることのよい点は、緊張がその曲に集中し、他の曲は過度に神経質になることなく伸びやかに歌えることだろうか、聴く方も細かいことを考えずゆったりした酔い心地で聴ける。
ライブの前半と後半の間に詩集を祝賀する時間がもうけられ(小生司会)、高山利三郎・林哲也・山中真知子・庄司進・沢聖子・南原充士の六人の方々のスピーチ・朗読がなされた。それぞれのコメントになるほどと共感し、ことに吉田さんの若い頃の詩の仕事が紹介されたのが個人的には非常に興味深かった。またこの日いただいた小詩集『想い出が満ちてくる』には昨年の辛い体験(奥様の急逝とご自身の病気)を語る詩が収められていて痛切な思いをさせられる。
ライブの後は食事。初対面の方とも話ができ、長時間の会ながら密度の高い輝かしい午後となった。
(池田康)
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2016年07月11日

第56回中日詩祭

昨日は名古屋・電気文化会館でひらかれた第56回中日詩祭に参加した。平野晴子さんが詩集『黎明のバケツ』(洪水企画)で中日詩賞を受賞した、その授賞式のため。同時受賞者は加藤千賀子さん(詩集『POEMS症候群』)。
式の過程でオッと思ったのは、中日詩人会会長の若山紀子さんが賞状を受賞者にわたすのだが、その賞状の文面を読み上げる中にその詩集への短い批評コメントが入っていた点で、平野さんの場合は「現実の困難を詩に昇華」云々というコメントが織り込まれた。あれは賞状に書いてあるのだろうかと後で平野さんに尋ねたら、賞状を見せて下さり、ちゃんときれいな毛筆の文字で書いてあり、実に丁寧なやり方だと感心した。平野さんは受賞の言葉で詩集中の一篇「仲良くだけは出来るよ」を暗誦で朗読された。
授賞式の後、長谷川龍生氏の講演(小野十三郎、パウル・ツェラン、折口信夫のことなど)、細川華鶴子氏の薩摩琵琶演奏(平家物語など、唄もよかった)があり、それぞれ貴重な時間となった。
(池田康)
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2016年07月08日

洪水18号

kz18hyoshi.jpg「洪水」18号が完成した。今回の特集は「音楽劇 オペラ 歌物語」。インタビューは4人の方に試みている。作曲家でオペラシアターこんにゃく座の代表兼音楽監督の萩京子さんにはこんにゃく座の歴史と活動のお話をしていただき、昨年大著『オペラの20世紀』(平凡社)を刊行された音楽学者の長木誠司さんには現代オペラの流れの概略を説明していただき、フランスオペラに詳しい詩人でフランス文学研究の安藤元雄さんにはオッフェンバックとボードレールのこと、マスネやビゼーのことなどについてうかがい、長く「短歌絶叫コンサート」を続けておられる歌人の福島泰樹さんにはこのコンサートや執筆創作全般のことをお尋ねし、といった具合で、それぞれ非常に興味深いお話を聴くことができた。安藤さんと福島さんはインタビュー原稿を入念に書き直して下さり、締切をかなり過ぎてひやひやしたが、綻びのないすばらしいまとまりの記事原稿となり、ありがたいことだった。嶋岡晨さんには前号に引き続いてシナリオ詩をいただいた。今回は「カルメン変容」。エッセイは森山恵さんの連載「オペラでシェイクスピア!」第2回を特集に編入した他、詩人を中心に十人ほどの方々にご執筆いただいた。おおよそ、総論、合唱、シェイクスピア、フランスオペラ、日本、といったかんじで並べてみたがいかがだろうか。國峰照子・竹田朔歩両氏の詩は、スペースがあいたので、それぞれの既刊の詩集から転載させてもらったのだが、案外これらのページがこの特集でもっとも強烈な輝きを放つ部分になっているかもしれない。小生のまとめのエッセイは、近現代を「欲望」と「自由」から考え、現代オペラとアングラ劇をつなげる論考となった。
ほかに、平川綾真智さんがシュルレアリスムと音楽の関係を考える論考の連載が始まる。これは以前「エウメニデス」(小島きみ子さん編集発行の詩誌)で発表されたものの続編にあたる。さらに短歌の加藤英彦さんが十五首詠「水の素描」で参加して下さっているのと、南原充士さんが「雲遊泥泳」で若い世代の詩人を論ずるコーナーを開始(今号は「望月遊馬篇」)したのが新しい。井上郷子さんの批評連載、今回は作曲家の田中聰さんを取り上げている。さらに神品芳夫さんによる南原充士論にもご注目いただきたい。
(池田康)
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2016年07月06日

中村明一リサイタル

尺八奏者の中村明一さんのリサイタル「明暗真法流、「三谷」の流れ」が昨夜よみうり大手町ホールで開かれた。二枚組CD『鶴の巣籠』の発売記念として。前半の曲目は、「吟龍虚空」「鹿の遠音」「鶴の巣籠」の三曲で、それぞれ三尺一寸、二尺三寸、一尺八寸の長さの尺八で演奏され、音色の違いを実感することができた。後半は越後明暗流尺八保存会の虚無僧姿の奏者七人の合奏「大和調」「下田三谷」のあと、またソロに戻り、「三谷」「神保三谷」が演奏された。大きなホールを尺八一本で静寂させ支配するのだから驚嘆だ。尺八はまことに不思議な楽器で、ギターのように同時に何種類もの音を出すことができ、瞬間ごとに変化する神出鬼没のノイズ気味の微妙きわまる付帯音でもって予測のつかない響きを生み出す。その変化で曲を作っていくのだが、部分によっては非常に華やかでありつつ、通常の音楽とはかけ離れた自然そのものの持続のあり方で、なんの疑念もなく聞き入ってしまう。呼吸がそのまま歌になる、いってみれば山川草木悉皆音楽、一本の竹の笛でここまでできるのかと感銘を覚えた。中村明一さんには「洪水」10号の佐藤聰明特集で対談に登場していただいている。
この日は午後に単行本制作の打ち合わせ、山野楽器銀座本店への「洪水」18号納品をして、時間があまったので映画「ブルックリン」を観た。1950年ごろアイルランドの娘がアメリカのニューヨークに移民として渡る話。映画表現としての純情な上品さに穏やかに酔う。この映画と中村明一リサイタルとは案外にいい組み合わせだったかもしれない。
(池田康)
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2016年07月02日

いよいよ猛暑か

昨日今日と暑かった。夏の入り口は適応するのが大変だ。昨日は外出する用事があり、8キロ離れた小田急の駅に向かったのだが、途中田んぼが広がる場所があり、足を止め、近づいて覗きこんでみた。稲は青々と30センチくらい伸びていて、水の中にはメダカやオタマジャクシやタニシや小さなザリガニがのんびりと運動していた。こういうところは昔と変わらず懐かしく、たまにはつれづれなるぼんやり顔で田んぼを覗くのもよい。
「洪水」18号が無事完成した。いま発送準備をしているところ。内容についてはまた改めて紹介したい。
(池田康)
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