2017年06月06日

生と死のトーンバランス

映画「家族はつらいよ2」(山田洋次監督)はなんの緊張もなくリラックスして見てしまう珍しい種類の作品で(大抵の映画はなにがしかの緊張感をもってのぞむものだ)、あたかも「サザエさん」のある週の回を見るがごとく気軽によく練られた喜劇を楽しむことができる。とくに欲張った高級そうな映画的表現技法は使われていないのだが、平坦に見えて滑らかに細やかに動く展開にからっぽの頭でついていく心地よさは静の演出のリズムが体に作用しているのだろうか、稀な時間経験だ。後半突然「死」が平田家の家族に、そして観客に突きつけられるが、そこでもなお「笑い」を生じさせる無謀な逞しさに驚いてしまう。しかし考えてみれば通夜の席で談笑するというのは普通にありそうな事態であり、フィクション作品が不謹慎を恐れる自主規制に囚われることもないわけだ。個人的に一つ惜しかったのは、夏川結衣演じる史枝(長男の妻)が歌舞伎見物に行くというので和服に着替えるシーンがあるのだが、ほんの一瞬で、史枝さんの艶やかな和服姿をもう少しよく見たかった。映画全体を一幅の画として考えるなら、老・死のトーンが優っているので、それに対抗する生の輝かしさを伝える強い色彩をどこかにもう少し置きたい、生死のトーンバランスを考慮してその方が望ましいのではないかと思うわけなのだが、これは理屈をこねているだけで、単にあの和服姿をじっくりと見たかったというだけかもしれない。文鳥だかインコだか小鳥をかわいがる史枝さんも好風景だ。憲子(次男の妻、蒼井優)が生死を往還するドラマティックな文脈を帯びているのに対して、史枝は日常に半ば埋没しながら時おりほとんど物語に関与しない「無意味な光」を発する。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:15| Comment(0) | 日記