2018年11月18日

現代フランス詩の地図を求めて

IMG_6773.JPG昨日は詩とダンスのミュージアム(世田谷)にて、「みらいらん」次号のための、野村喜和夫さんがホストをつとめる〈対話の宴〉の公開対談会を開催。今回は「現代フランス詩の地図を求めて」のタイトルのもと、有働薫さんをゲストに招いてフランス詩翻訳について語り合っていただいた。今年刊行されたジャン=ミッシェル・モルポワ著・有働薫訳『イギリス風の朝』のこと、1999年に出版された同じくモルポワ・有働薫訳の『青の物語』のこと、そして主にフランスの歴代の詩人の代表作を名訳で集めた『詩人のラブレター』が俎上に上げられ、翻訳刊行の経緯と意図、難しかった部分や作品の特異性について腹蔵なく語られた。『詩人のラブレター』の解説部分「小さなクリップ」でも有働さんの水先案内人としての平易・懇切・優美に作品の魅力を語る能力はいかんなく発揮されていて、しかも中世から現代まで見渡す視野の広さは尋常でなく、こんなに達意の声でフランス詩を紹介できる人はほかにいないのではないかと思われたのだが、この日もやはりフランス詩全般に造詣の深い野村氏との緊張感あるやり取りの中で各詩人の詩風についてとても的確な評言を呈示し、議論にくっきりとした輪郭が与えられて、探し求めていた〈地図〉がどこかから降臨してきたような気がした。会場の質疑応答も活発で、いい雰囲気で会を終えることができた。『詩人のラブレター』第二部に収められた現役の詩人の中で有働さんが好きだというシャルル・ジュリエの「(自分の夜に…)」を引用しよう(有働薫訳)。

 自分の夜に
 潜らなかった人は
 地獄に
 降りて行かなかった

 返ってくるまなざしについて
 かれは何か分るだろうか
 自分と向き合うことについて
 生れいずる苦悩について

 かれは何が分るだろうか
 戦闘の激しさについて
 底知らずの苦境について
 断末魔の恐怖について

 かれは何が分るだろうか
 死を
 受入れることから
 何が生れてくるかを

なお、話がそれるが、この『詩人のラブレター』には嵯峨信之「ヒロシマ神話」が収められており(対訳なので外国の人に読んでもらうために入れたと有働さんは語る)、この作品は『詩国八十八ヵ所巡り』(嶋岡晨編、洪水企画刊)にも入っていて、この両詩人によって必須の一等星として選出されるのであれば、歴史に刻印されるという大きな意味で重要作なのだろう……これがこの日の発見の一つでもあった。
(池田康)
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2018年11月16日

詠と気合いと

昨夜、「高橋アキ/ピアノリサイタル2018」(豊洲シビックセンター)を聴いた。プログラムは、マイケル・パーソンズ「オブリーク・ピース 18番、 21番」、佐藤聰明「藤田組曲」、湯浅譲二「内触覚的宇宙 II トランスフィギュレーション」、シューベルト「グラーツ幻想曲 D.605a」、カール・ストーン「フェリックス ─ ピアノとコンピュータのための」、そして最後は“ハイパー・ビートルズ”コレクションより、クリスチャン・ウォルフ編「エイト・デイズ・ア・ウィーク」、アルヴィン・カラン編「ホェン・アイム・シクスティ・フォー」、テリー・ライリー編「追憶のウォルラス」。
もっとも心に強く残ったのは、「藤田組曲」と「内触覚的宇宙 II」。前者は、画家・藤田嗣治を描いた映画「Foujita」(小栗康平監督、2015)に佐藤聰明さんがつけたオーケストラによる音楽を7曲からなるピアノ組曲にアレンジしまとめ直したもの。このうち「1. 前奏曲」は佐藤さん主催のある小さな会で奥様の佐藤慶子さんが弾いて披露されており、それも神経の通った印象深い演奏だった。今回は組曲全曲が聴けるという意味で「世界初演」となる。響きが実に繊細で、一音一音に耳の感覚が研ぎ澄まされる。すべてのピアニストがこの曲を弾くとよいと思う。というのは、こんなふうに“詠”と“気合い”だけで書かれた曲は他にあまりないだろうからだ(気合いじゃあない、純然たる音理であり、理の呼吸だ、と作曲者は言うかもしれない)。アレグロ楽章もない、骨格も単純な(明快ではない)この組曲を作品として上手に立たせるのは難しいだろうが、演奏家にとっては得がたい経験になるはずだ。
「内触覚的宇宙 II」は1986年の作品で、正体定かならぬ異形の音のオブジェ的怪物として力強く輝いた。怖いような棘のたくさんある曲で、このホールのピアノであるファツィオリ(Fazioli)の特徴的な艶のある高音がそれを一層燦然と演出しいていた。解説で作曲者はこう書いている。「不協和なコードを、美しく響かせるためには、コードの内部構成に見合う、特有の音域を選ぶ必要がある。オクターヴはおろか、4、5度のトランスポジション(移調)さえ許さない特定音域特有のソノリティを追及したつもりである」「この曲は、書かれた音符そのものというよりは、むしろペダルによってブレンドされたリヴァイブレーション(残響)の変幻、変遷を時間軸にしたがって聴き込んでいく曲と言えるだろう」。音が独自の理法で凝集しようとするその力学を感受する曲のような気がした。
高橋アキさんはアンコールのサティ、ドビュッシー、武満徹に至るまで泰然とした冷静さで性格の異なる各曲をみごとに演奏し、ますますの健在ぶりだった。(池田康)

追記
「ハイパー・ビートルズ」は約三十年前のアルバム企画で、ビートルズの楽曲をいろんな作曲家に依頼してピアノ曲にアレンジしてもらい弾くというもの。去年から新たに録り直して新盤を出すというプロジェクトが始まり、今年二枚目が出た。この頃それらを聴いているのだが、ジャズのような雰囲気もある。譜面があってそれを忠実に真剣に演奏するのだろうから全然ジャズではないはずなのだけれど、原曲を料理する過程で遊びに遊ぶあたり少しジャズ的な快感や酩酊感も出てきたりする。そこがまた面白い。
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2018年11月10日

訪れた二つの個展

最近足を運んだ催し。山本萠・書とカレンダー原画展(小平市のNMCギャラリー)、伊福部玲作陶展(八王子市のギャラリースペースことのは)。わが居住地からするとどちらもかなりの遠征だ。美術館や博物館でひらかれる大きな展覧会ではない、こうした個展の良いところは、多くの場合、作者と言葉を交わせる点だ。展示されている作品についてこちらが的を得た感想を言えるわけではないのだけれど、作者ならではの導き入れや解説をしてくれるので、それだけ個々の作品に近づくことができる。
山本萠さんは今回、拙作の詩の一節を書に仕立てて下さっていて、とても有難く嬉しいことだった。人気のカレンダーの絵も魅力的。(すでに会期終了)
伊福部玲さんの今回のテーマは、ヤマタノオロチと酒。日本の古代神話の悪役が登場するところは、その反骨ぶり、ゴジラの音楽をつくった作曲家の娘さんらしい。こちら、会期は明日まで。明日は午後に舞踊の特別イベントもあるらしい。
伊福部玲さんは「みらいらん」次号で“手に宿る思想”インタビューに登場していただく予定。すでにお聞きした、縄文土器の野焼きの話も楽しかった。どうかお楽しみに。
(池田康)
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2018年11月02日

詩素5号

詩素5表紙画像.jpg詩素5号が完成した。今号の参加者は、海埜今日子、北爪満喜、小島きみ子、坂多瑩子、酒見直子、沢聖子、菅井敏文、大家正志、たなかあきみつ、南原充士、二条千河、野田新五、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと、小生。〈まれびと〉には細田傳造さんをお招きした。巻頭トップは、平井達也さんの「ひげ」。定価500円。
表紙は北原白秋の詩より。
(池田康)
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