2019年08月12日

ストーリーを欠きつつも

映画二本。
「世界の涯ての鼓動(原題:Submergence)」(ヴィム・ヴェンダース監督)観る。ストーリーというほどのストーリーはなく、便宜的な筋の骨組みの上に、恋愛、生命の起源、科学調査、宗教、国際政治、テロリズム、福利厚生事業といった様々な分野のトピックを意識的主題として集結させて世界全体像の知的把握を試みた塩梅で、ヴェンダースが今やりたい「旅」がこれだったのだろう。イスラムの医者あたりが作品の重心を支える軸となっているか。話が大きく枝分かれしたままに終わっているのは、科学的世界観と宗教・政治の世界認識との不可避の懸隔に照応するように見えるが、水の揺籃と恩寵の神話はあらゆる宗教や科学知見を超える、と暗に語られているようにも思われる。
もう一つ、DVDで「遺体 明日への十日間」(君塚良一監督、2013)を観る。「みらいらん」4号の志田未来小研究で見残していたもの。東日本大震災直後の岩手県釜石市のとある遺体安置所の様子をドキュメンタリーに準ずる形で描く。恐ろしい映画。泥まみれの死体が並ぶ光景が恐ろしく、死者の遺族と安置所の世話係との間の対話のかみ合わなさ、痛々しい衝突が恐ろしく、これをフィクション作品としてまとめようという鬼気おびた作品意志の執念が恐ろしい。主演の西田敏行の慈悲の強靭さをしぼり出す表現は圧巻で、代表作の一つとなったと言えそう。國村隼演じる僧侶が読経を始める瞬間の空気も印象的だった。同じく死者を葬る物語をつむぐ「おくりびと」はきちんとまとまったストーリーがあったように覚えているが、この作品は転結までいくほどのストーリーらしきものはないという点でどこかヴェンダースぽい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 22:24| Comment(0) | 日記