2019年09月01日

伊勢物語の合唱オペラ

31日午後に渋谷・さくらホールで行われた、合唱団樹の会のコンサート「新実徳英の合唱世界II 二つの愛の物語」を聴いた。作曲家の新実徳英さんの曲だけで構成した会。指揮・藤井宏樹、ピアノ・浅井道子。この合唱団の声のブレンドは、男声陣がしっかりしていることもあって大変力強く、鋼あるいは巌のようなたくましい響きを特色としているようだ。
前半は「三つの愛の歌」、この曲は以前にも聴いたことがあったが、柿本人麻呂の長歌、旧約聖書の雅歌、キーツの詩「ギリシアの壺に寄せるオード」にそれぞれ作曲した三曲からなる。二曲目と三曲目は外国語でうたわれ、聴いていても言葉がよく分からないということもあり、やはり柿本人麻呂の長歌の曲が一番面白く聴ける。この長歌も本の上で黙読するかぎりでは一本調子のリズムで最初から最後まで読んでしまうのだが、これを音楽にすると多彩な変化が加わってきてドラマティックで、ことに最後の「妹の門見む 靡けこの山」の部分の大きな展開は心が高揚する。全体に、細かい技巧で勝負するというよりは、大きな模様、大きな流れ、大づかみなバランスと構えで考えられていて、聴く側もゆったりと寛いで聴くことができる。有名な作曲家ではブルックナーなどもそうだろうが、耳の尖端で聴くのではなく身体を委ねるように聴くことになるのだろう。
後半の「二つの愛の物語」は今回の委嘱初演の合唱オペラ曲で、伊勢物語を題材にした二章の構成になっている。台本・和合亮一、演出・しままなぶ。第一曲「梓弓」は男を三年待っていたが諦め今や別の人に会おうとしているところに昔の男が帰ってきて、これを拒んだのにその衝撃で落命する女の話。二曲目「筒井筒」は、幼馴染みの男女が相思相愛で結婚したが女の家が没落して生活が厳しくなり(古代の男女関係は今と違っていたようだ)男が別の女を求めようとするのだが男の身を案じる留守居の女の姿を物陰から盗み見て男が改心する、という話。激しさの違いはあれ、どちらも哀切な話で、しかも匿名の男と女の話は影絵芝居のようで、雲の上のお伽話でも異国の物語でもなく、我々自身の愛の消息として見ることができる。見る、と書いたが、演出によって合唱団員たちの配置や身振り手振りも細心な注意で構築されていて、オペラとしての絵の面白味は十分にあった。普通のオペラと比べて、合唱オペラはオーケストラはないもののコロスの声が遍在して絶えず動き、物語を包み込み、充溢している点で、トーンの色彩感は乏しくてもより一層音楽的に濃く深遠であるようにも思われた。この合唱団の男声パートの充実ぶりにより恋愛劇としての立派さが際立った。この古雅で普遍的なラブストーリーの合唱オペラは多くの合唱団がやりたいと思うだろう。
伊勢物語を扱うなら、ぜひ、男(在原業平)がどこぞの家の姫を誘拐しようとする話、例の「白玉かなにぞと人の問ひし時露と答へて消えなましものを」の歌、日本の詩歌史上もっとも異界の妖気を強く帯びた名歌をふくんだあの話も、曲にしていただきたいもの。
和合さんによれば、台本・和合&作曲・新実のコンビで別の曲のプロジェクトも進行中で、近く別の合唱団の演奏会で発表される予定だそうだ。期待したい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 15:24| Comment(0) | 日記