2019年10月28日

スタシス・エイドリゲヴィチウス展ほか

昨日は、野田新五さんのご教示に従い小平市小川町の武蔵野美術大学にスタシス・エイドリゲヴィチウス展を見に行き(芸術祭開催中で美術家の卵とその友だちでキャンパスはとても混雑していた)、その近くの小川西町のNMCギャラリーでの山本萠さんの個展に寄り(今回は書の作品中心。八木重吉の詩が多く取り上げられていて、先日の江田さんの歌集が思い出され、符合を感じた)、ついでに初訪問、府中の東京競馬場に足を運んでアーモンドアイの無敵の韋駄天ぶりを目撃した。
ポーランドの画家スタシス・エイドリゲヴィチウス、絵が上手すぎるくらい上手い。それぞれの絵に働いている奇想がどれも面白く、それを易々と実に巧みに構図にしてしまうところ、憎いくらいの自在さだ。そして、まん丸のつぶらな「目」が印象的。蔵書票などごく小さい絵もいいものがたくさんあった。図録が完売になっていて、残念。展覧会は11月9日まで。この画家について、野田さんがとても興味深いエッセイを「詩素」次号に書いている(近日中に完成の予定)。ぜひご覧いただきたい。
(池田康)
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2019年10月25日

高橋アキ/ピアノリサイタル2019

昨日は豊洲シビックセンターホールでの高橋アキさんのピアノリサイタルを聴きに出かけた。曲目は、シューベルト「ヒュッテンブレンナーの主題による13の変奏曲」「4つの即興曲」、一柳慧「ピアノ・メディア」、間宮芳生「家が生きていたころ」、鈴木治行「句読点VIII」、クセナキス「ヘルマ」。
シューベルトは、なぜこんなに傾倒して集中的に取り組むのだろうと不思議に思わないでもなかったが、ショパンに代表されるピアニズムの精緻とはちがった、ある音型やフレーズの素朴な繰り返しを多用して曲を築いていくところが、高橋アキさんが専門にしている現代音楽曲に通じるところがあるのかもしれない。「4つの即興曲」にこもる内向的な熱には圧倒された。一柳慧「ピアノ・メディア」は有名な曲だが、今回、前から2列目の席という間近で、至妙の手の動きを見ながら聴くことができ、特別の興奮があり、大幸運だった。間宮作品は朗読付き(イヌイットのファンタジックな物語)、ピアノの響きのユニークに美しい瞬間が不意を打つようにちりばめられる。鈴木作品はタイマーを使った、主知的な曲と聴いた。「コンセプトは、音楽の自然な流れの切断、脱臼」と作曲者は解説する。クセナキス「ヘルマ」はとんでもない音の爆発で、ピアノ演奏の一つの極限に挑むものか、指が飛んでいた。アンコールでは湯浅譲二作品(小品二つ)とともに、武満徹編曲の「ゴールデンスランバー」が、最近亡くなられた武満夫人を悼んで演奏された。
(池田康)
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2019年10月22日

歌集『重吉』書評会

先週末の土曜日、江田浩司さんの歌集『重吉』の書評の会があり、参加した。文芸評論家の神山睦美氏が主宰する勉強会で、十余人が集まる。私のような新参の飛び込み参加も意に介さない開放的な空気は心地よくありがたい。歌人と詩人が半々くらいで来ていたか。神山氏の話は構えの大きな序の論の運びも参加者の発言の受け取りもとても丁寧で慮りが深く、感服した。『重吉』は、前にも少し紹介したが、詩人の八木重吉を思慕し讃仰する、歌集としてはきわめて特異な作品集であり、激賞から当惑まで多様な反応をもらっていると江田さんは語っていたが、この日は八木重吉の抱く本質的な悲しみ、キリスト教的要素のこと、重吉の詩とこの歌集の短歌の世界の違い、弱さのしなやかさの精霊的なもの、宗教文学の季節外れの霹靂、等々のテーマが出て各々さまざまに違う意見やら感想やらを開陳し、おおいに勉強と刺激になった。こういう気持ちの良い、質の高い充実をおのずと達成する研究会はなかなかないように思った。
この日はまた京橋のギャルリー東京ユマニテに立ち寄り、加納光於さんの個展を拝見した。1994年作の《巡りあう種子のように》連作とともに、最新作であろう、2019年作の《夜狐―六庭譜》連作が展示されていた。A4の大きさ程度の絵が6枚一組でまとめられている。三幅対の倍の構成だ。どういう考えからこのような構成に至ったのか、ゆかしい。加納さんは来月より富山県美術館で大きな展覧会も控えていて、にぎやかに多忙を極める秋のようで、喜ばしいことだ。
(池田康)
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2019年10月10日

トークイベント 野村喜和夫×阿部日奈子「未知への痕跡〜読む行為が書く行為に変わる瞬間〜」のお知らせ

洪水企画&エルスール財団共同企画トークイベント
野村喜和夫の詩歌道行B
野村喜和夫×阿部日奈子
未知への痕跡〜読む行為が書く行為に変わる瞬間〜

阿部さんは主知的にして想像力あふれる詩人ですが、この秋、詩集『素晴らしい低空飛行』を上梓されました。一方私も、訳著『ルネ・シャール詩集 評伝を添えて』を刊行しました。この二冊を起点に、読む行為と書く行為のダイナミズムが浮かび上がればと思います。(野村)

日時:2019年11月2日(土曜日)15:00〜17:00 (14:30開場)
場所:ブックカフェ「エル・スール」(詩とダンスのミュージアム内)
(世田谷区羽根木1−5−10)
入場料:2500円(+1drink order)
申し込み方法:メールで。エルスール財団info@elsurfoundation.com

※ 会場への地図はこちらをご覧ください。

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2019年10月06日

カワセミ

今月から消費税が上がった。気が滅入るが、先ごろ石巻へ行って心の体重が10%ほど軽くなったような気がしていて、その「石巻効果」で相殺され今のところイーブンを保っているようにも思う。このありがたい効果がどれだけ続くかわからないが。
遠くへ赴くことはそれだけで生活意識の刷新のきっかけになるのかもしれず、最近出た、そんな気分にどこか通じていそうなCD、Ayuo「Outside Society」と、Marewrew「mikemike nociw」(アイヌの合唱アンサンブル)を入手して聴いたりもしていた。
そして今日、昼食のために散歩に出たら、近所の小川でとても珍しいもの、艶やかな青と緑のカワセミを見つけた。この鳥に出会ったのは初めて。こんな美しい生物がこの世に存在するのかと驚く。造物主か、進化論か、なにか知らないが、不公平じゃないか……と言いながらも、みごとに美しい鳥を見れば心も鳥の体重分くらいは軽くなる。
今日はまた遊ぶ少年をたくさん見た。グラウンドで野球やサッカーをする少年達、自転車をりんりんと乗り回す少年達、川遊びする少年達。躍動する彼らの姿のかがやかしさ。(池田)
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