2019年10月22日

歌集『重吉』書評会

先週末の土曜日、江田浩司さんの歌集『重吉』の書評の会があり、参加した。文芸評論家の神山睦美氏が主宰する勉強会で、十余人が集まる。私のような新参の飛び込み参加も意に介さない開放的な空気は心地よくありがたい。歌人と詩人が半々くらいで来ていたか。神山氏の話は構えの大きな序の論の運びも参加者の発言の受け取りもとても丁寧で慮りが深く、感服した。『重吉』は、前にも少し紹介したが、詩人の八木重吉を思慕し讃仰する、歌集としてはきわめて特異な作品集であり、激賞から当惑まで多様な反応をもらっていると江田さんは語っていたが、この日は八木重吉の抱く本質的な悲しみ、キリスト教的要素のこと、重吉の詩とこの歌集の短歌の世界の違い、弱さのしなやかさの精霊的なもの、宗教文学の季節外れの霹靂、等々のテーマが出て各々さまざまに違う意見やら感想やらを開陳し、おおいに勉強と刺激になった。こういう気持ちの良い、質の高い充実をおのずと達成する研究会はなかなかないように思った。
この日はまた京橋のギャルリー東京ユマニテに立ち寄り、加納光於さんの個展を拝見した。1994年作の《巡りあう種子のように》連作とともに、最新作であろう、2019年作の《夜狐―六庭譜》連作が展示されていた。A4の大きさ程度の絵が6枚一組でまとめられている。三幅対の倍の構成だ。どういう考えからこのような構成に至ったのか、ゆかしい。加納さんは来月より富山県美術館で大きな展覧会も控えていて、にぎやかに多忙を極める秋のようで、喜ばしいことだ。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:13| Comment(0) | 日記