2019年12月06日

吉村七重 二十絃箏で紡ぐ「音の詩・ことばの詩」

昨夜、霞が関ナレッジスクエアにて、箏の吉村七重さんの上記タイトルのリサイタルがあり、聴きに行った(MuCuL主催)。曲目は、佐藤聰明「神招琴」、八橋検校「乱」、三木稔「お種の箏歌」(オペラJORURIより)、久田典子「森の声」、木下正道「石をつむT」、佐藤聰明「櫻」。「お種の箏歌」「石をつむT」の二曲はソプラノの工藤あかねさんとの共演。小さめのスペースで音がくっきりと響いた。客数は百+αほど。
佐藤聰明さんの二曲について言うと、「神招琴」が1989年、「櫻」が2017年の作曲で、30年近い時間的隔たりがあるのだが、そうは感じさせず、ごく近いところに位置しているように思われるのは、1989年の時点ですでに作曲家・佐藤聰明の方法が確立していたということになるのだろう。世の中の大抵の曲では音は滑らかにあるいは多少不器用に〈流れ〉を作り、勢いを生み出して形を成すのであり、音楽とは基本的にそういうものだが、佐藤聰明作品では音は容易に〈流れ〉をつくらない。ぽつんと呟いて、石庭の中の石のように孤立した存在を示しつつ、間をはかって他と牽制し合い、そのことによって緊張した静寂の広がりを生み出す。その静寂の気配にじっと聴き入るというのが聴く側の接近の作法になるようで、この夜も張りつめた空気の中に箏の澄んだ音が見えるか見えないかの舞の線を刻みつけていた。佐藤さんによれば「琴は古来より神を招く神聖な楽器といわれ、霊媒や巫女は琴を弾いて神憑りしました」ということで、「神招琴」はそんな特別な眼差しを含んだ曲のようだ。「櫻」については、バスクラリネット協奏曲を書いたあと、「急に邦楽器の曲が書きたくなり」作曲したという、優れて自発的な作品と言える。
実は夏頃、体調を崩したという便りをいただいていたので、どうしたのかと心配して今回足を運んだのだが、普段と変わらぬ元気さでとうとうと語る佐藤さんがいて、少し安心したという次第。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 16:38| Comment(0) | 日記