2020年02月29日

『八重洋一郎を辿る』増刷完了

鹿野政直著『八重洋一郎を辿る』の増刷ができてきました。ご注文いただければ幸いです。来週以降には限られた店数になりますが書店の店頭にも出る予定です。
また、「しんぶん赤旗」2月26日の紙面に「詩壇」のコラムで本書が紹介されています。こちらもご覧下さい。執筆は佐川亜紀氏。
(池田康)
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2020年02月17日

『八重洋一郎を辿る』の書評

鹿野政直著『八重洋一郎を辿る』の書評が「週刊読書人」2月14日号に出た。執筆は野沢啓氏。ぜひご覧下さい。
なお、この本の増刷をいま行っており、今月末に完成の予定。同じフランス装なのだが初刷りとは少し違った造本になります。ご予約下さい。
(池田康)
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2020年02月11日

岩井俊二という映画監督

先日、映画「ラストレター」(岩井俊二監督)を見た。一年程前まで手紙をテーマにした詩の連作を書いていたこともあり、また四半世紀前に同監督の「Love Letter」を見た記憶もおぼろにあり、興味をそそられて。巨大なスクリーンで、いい位置の席で見ることができたせいもあるかもしれないが、至福の瞬間が次から次へと現れ、静かな心の昂りが続いた。この監督の独自のマジックは健在のようだ。秋に行った石巻のReborn Art Festivalで廃墟の学校を見たのがじつに印象深かったが、この映画でも出てきて、あのときの衝撃が甦ってくるという事由も鑑賞を深めたかもしれない。
ある個性をいくつかの要素の組み合わせで規定してみるというのも一種のゲームとして面白い。たとえば、オードリー・ヘップバーンはコメディとロマンスとサスペンスの重なる領域で個性的な花を咲かせたのだろうし、ヒッチコックは恐怖への執着と幾何学精神と現代の心音によって特徴づけられると考えられようし、市川崑は直感的・比喩的に言い当てるなら絵と瞬間と煙草でできていると断じてみたい気がする。そのやり方で映画監督岩井俊二の性格付けを試みると「悪戯好き+光と空気+思春期(adolescence)信仰」という具合に考えればある程度いいところまで行くのではないだろうか。
悪戯はすべての場面を通していろんな形で仕掛けられているし、作品によっては制作過程から大規模に悪戯が働いている。数えていけばきりがないだろう。光と空気という重量を欠いた大道具のいくらか表現主義的な活用も特徴的で、この点については映像の専門家に語ってもらうのがいいだろう。思春期信仰については今回の作品のほかにも、過去の「四月物語」(1998)、「リリイ・シュシュのすべて」(2001)、「花とアリス」(2004)などを見ても顕著だ。岩井作品を好かない人の多くはこの点につまずくのかもしれない。しかし子供時代の終わりであると同時に大人時代の始まりでもあるこの特異な時期を大事にし、ここに人間性のすべてが濃密な状態でつまっている、本当に重要なものはここにしかないと考える人間観は、根拠のない偏った考え方と安易に切り捨てることもできないはずであり、私としては「みらいらん」5号で小特集「童心の王国」をやったばかりなので一層共鳴を覚えるというところもある。
思春期を特別に大切にすると言ってもそれは光ばかりでできているのではなく、闇の部分ももちろんある。そこを徹底的に描いたのが「リリイ・シュシュのすべて」で、思春期の残酷、邪悪、汚穢がえげつなくも直截に物語られているのだが、しかし見ようによっては狂おしいまでに魅惑的で、岩井俊二というdevilは作ってはいけないものを作ってしまったのではないかという感想も胸をよぎる。「ラストレター」では終盤で明らかにされる“最後の手紙”が思春期信仰を決定的に宣言しており、そこには「リリイ・シュシュのすべて」ほどの深淵はあからさまに顔を見せることはないものの、この人の世界観にぶれはないのだと再確認することになる。
「岩井俊二においては、大人はコメディの演じ手であり、子供は真正な悲劇の演じ手である」この仮説はどこまで有効であろうか……はてさて。
(池田康)

追記
「リップヴァンウィンクルの花嫁」(2016)は、世界一愚図な女の子と絶壁に片手でぶらさがっている女の子とが仲良くなる話で、そこに軽妙悪辣なアルルカンがからむ。彼女たちの少女性が統べる時間では問答無用の物語がどんどんつき進むが、三人が大人である位相では(欺瞞は欺瞞として残りつつ)それなりに優しげなハピーエンドに着地しているようにも見える。
さらについでに。
『ヴァンパイア』(2012)は繊細な哲学映画のように思われた。『undo』(1994)、『ルナティック・ラヴ』(1994、テレビドラマ「世にも奇妙な物語」の一つ。生野毅氏に教えられて見た)は狂気に貫かれた鮮烈な譚詩のような作品。『虹の女神』(2006、熊沢尚人監督)では脚本家&プロデューサーとしてかかわっているのだが、映画作りをモチーフにしていて面白く、映画制作の初心と演技の初心と恋愛の初心とが純情に重なるところがポイントだろうか。手紙のエピソードに「イワイズム」を感じる。
※蛇足の考察……手紙が特別の小道具オブジェになる理由は、(1)コミュニケーションを過激に飛躍させたり屈折させたり滞らせたりする(2)思わぬタイムラグをつくり物語の構築に有効(3)ときに遺書になる(4)ミスリーディングに演じることもできるし正直な告白もできる、といったようなことが考えられる。特別なタイムマシン、時限爆弾、とっておきの手品の種なのだ。
『スワロウテイル』(1996)は、公開当時に見たときにはいまいちピンと来なかったが、今回見返してみると、愚昧な観客が追いついたということだろうか、大胆に架空の小世界を創造していてとても面白いし感銘を受ける。基本ファンタジーの、ダークな色調の劇画的活劇(しかし娯楽映画というよりも抒情的フィルムノワール)だが、名を持たない孤児(アゲハと名付けられる)の《アウトキャスト》としての歩みを描いていて、こんな原理的な地点から物語を始める過激さはなかなかない。現在50代の俳優たちの若々しい姿が見られるのも新鮮。この作品から『リリイ・シュシュのすべて』までが、decentという価値を顧みず無法にやりたいことをやる、岩井俊二のギャング時代と言ってもいいかもしれない。
では「花とアリス」以降現時点までをどう称するか。ふざけてではなく真剣に敬意をこめて「前衛少女漫画時代」と呼んでみたい気がするのだが、怒られるだろうか。
「打ち上げ花火、下から見るか?横から見るか?」(1993)、男の子たちの達者な演技に目を見張る。ストーリーの分岐の鋭角さ。最後の花火一発が効果的で、「スワロウテイル」といい、この監督は物語の結末を作るのが上手い。

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2020年02月09日

アイヴズという作曲家

昨日東京オペラシティ・リサイタルホールで、ROSCO(ピアノ:大須賀かおり/ヴァイオリン:甲斐史子)の演奏により、チャールズ・アイヴズのヴァイオリンとピアノのためのソナタ四曲のコンサートがあった。演奏前に、夏田昌和・米山高生両氏による丁寧な解説がついた。
アイヴズは19世紀から20世紀にかけて生きたアメリカの作曲家で、アメリカでの現代音楽の草分けとも言えるのだろうが、ジョン・ケージやミニマル音楽のような類の破天荒の前衛とも、ガーシュインやバーンスタインのような商業音楽に接続した形の音楽創造とも違う独自の孤立を示しているようで、保険業をいとなみながら寸暇を使って作曲するという創作のやり方からも、密室状態の実験室で自分だけの音楽を培養したのだろうと想像される。
コンサート前半はソナタ第1番と第2番の2曲。解説ではナントカ調とか調性音楽的ワードも使われていたが、作品名には何調かの付記もないし、聴いていると調性音楽的なカタルシスの効果が弱く、無調音楽のようにも思えてくるのだが、しかし無調音楽としてもどこかとりとめなくて、受け取りの難しさがある。暴れ回る獣を取り押さえるのが難しいような、創造の制御がきかないままのエネルギーの噴出。どういう音楽を作りたいのか五里霧中という事情もあったのだろうか、新しいことに挑む試行錯誤の混乱が感じられる。これら2曲の作曲時期は1902〜1910年とされていて、シェーンベルクの音楽探求の影響を受けていたかどうかも気になるところで、この時期の音楽史上の思想的カオスをこの曲たちは留めて証言していると言えるのかもしれない。
コンサート後半に演奏された第3番と第4番は、前半の2曲と比べて、すっきりとまとまっていて、〈形〉があり、流れや構成にも絞り切った意図が感じられ、聴きやすく、真摯な音楽がここにあるという感銘もあった。この2曲は作曲時期が1914年ないし1915年まで及んでいて、そのことと関係があるのかもしれない(もう第一次世界大戦が始まっている年だが)。この作曲家は讃美歌を引用することをよくやるようで、とくに第4番の第2楽章と第3楽章ではあからさまに実行されていることが解説で示された。第2楽章は非常に美しい形でそれがなされていて感心したが、第3楽章の引用は少々雑で、アイヴズ先生、作り直して下さいよと苦情を寄せたくなる。
現代音楽のコンサートにしては珍しく超満員の状態。演奏はもちろん立派(後ろの方の席で聴きづらい部分もあったが)。こういうチクルス的な演奏会は(研究会ぽくて)重たい雰囲気になるようで、いつもは衣裳の色調も楽しく工夫するROSCOもこの日は最後の曲以外は黒で統一していた。
(池田康)
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