2020年06月21日

禁断のネットフリックス

昨年来、志田未来作品を追跡している者としては、新しい主演作は見逃せない。劇場公開が中止になりネットフリックスで先日公開されたアニメーション映画『泣きたい私は猫をかぶる』(監督=佐藤順一・柴山智隆)を見た。少女が魔法の仮面をかぶって猫になるという設定のファンタジー。志田熱演、変転し変幻する声の技で“リードボーカル”として躍動していた。主人公ムゲとその友だち頼子との琴瑟とも称したくなるマブダチぶりはじーんとくる。物語は、主人公の家の猫(義母が連れてきた)が本格的に筋にかかわってくるあたりからぐっと面白くなる。祭りの夜の猫世界はすばらしく凝っていて悪夢風にマジカル。最後は厭世的な幻想文学ならばムゲも日之出(ムゲの恋の相手)も猫になってしまって終わるというエンディングも展開の選択肢としてあり得るのだろうが、健全な商業作品としてはそんなあらぬ方向のお話は子供に向かって差し出しにくいだろう。舞台となっているのは常滑。小生の郷里の近くで少し懐かしさを覚える。しかし行ったことはなかったはず(瀬戸なら行ったことあるのだが…)。常滑焼きの里はこんなふうに窯の煙突が林立しているのかと実際の町を見てみたくなった。
ネットフリックスという「禁断の苑」はそこに所蔵されるタイトルなら簡単に視聴できる竜宮城のような場所で、うかうか過ごしているとあっという間に時間が経過して外の世界に戻ったら百年経っていたなんてことにもなりそうだ。思案するに、劇場にわざわざ足を運ぶとか、テレビでやっと放映されたのを逃さずに見るとか、レンタル店で探して借り出すとか、視聴するのに若干の手間や負荷がかかるほうが現実感を伴った苦労が下敷きになっていてよいと思うのだが、今はこういう無重力の恐ろしくストレスフリーな鑑賞サービスの場が主流になりつつあるのだろう。映画やテレビドラマのほか、音楽作品もあり、宇多田ヒカルの2018年のコンサートも視聴できるのはラッキーな気がした(アルバム『Fantome』の曲がいろいろうたわれるほか、又吉直樹との恐怖コント対談も挿入されている)。アメリカのミュージシャンのコンサートやドキュメンタリーはたくさんあるようだ。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 16:55| Comment(0) | 日記