2020年07月23日

二冊の小説

最近、二人の女性作家の小説を読んだ。
まず、評判になっていた、ラーラ・プレスコット『あの本は読まれているか』(東京創元社、吉澤康子訳)、これはソ連の禁書『ドクトル・ジバゴ』の出版をアメリカ側が冷戦時の作戦とした話。CIAに勤める女性たちのもろもろの喜怒哀楽のエピソードも興味を引かないではないが、やはり作家ボリス・パステルナークとその周りの人々の法外な苦悩が胸に迫る。
もう一つは、ルシア・ベルリン『掃除婦のための手引き書』(講談社、岸本佐知子訳。フランス装が贅沢)、これはラジオだか雑誌だかで紹介されていたのをかすかに覚えていて、たまたま書店で見つけたので買って読んでみた次第。24篇の短篇小説のアンソロジー。重そうな鑿でためらいなくどんどん彫り刻んでいく豪快な筆致が魅力か。シニカルな意地悪い目、いや、なにも怖れない無敵の目の異様な輝き。タイトル作は、なるほど、ふてぶてしくて面白い。「いいと悪い」はこの難問の話にどうやって結着をつけるのだろうと思いながら読んでいったが、この作者らしくあっけなく現実的な、ゴルディアスの結び目を切るような終わり方になっていた。とりとめのない(詩のような?)小品もいくつもあるが、自伝的要素の濃い諸篇も並んでいて、この人の円満さを欠いた、無茶な傷だらけの人生が垣間見えてくる。暗転という舞台用語は実人生では無限のニュアンスをはらんで地獄の書き割りを動かすことがわかる。
(池田康)
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2020年07月14日

「虚の筏」25号

「虚の筏」25号が完成した。参加者は、酒見直子、海埜今日子、平井達也、たなかあきみつ、小島きみ子、二条千河、久野雅幸のみなさんと、小生。下記リンクからご覧下さい。
http://www.kozui.net/soranoikada25.pdf
(池田康)
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2020年07月12日

「一度も撃ってません」のことなど

雨が続いている。全国各地でひどい水害が発生しつつある。冬からのウイルスの大波と合わせ、一難去らずにまた一難で、2011年についで生きづらい年になっているようだ。
この一週間の水害報道で印象に残ったのが、濁流に破壊される橋の映像だ。一つだけでなくいくつも見たように思う。橋と言えば「troubled water」の上に雄々しく架かる頼もしいものというイメージがあっただけに、経年の傷みもひそんでいたのかもしれないが、もろく崩れ流される映像の悲痛さには言葉を失った。
やまない雨のたまさかの小休止の時間帯をとらえ、映画「一度も撃ってません」を見に出かけた。石橋蓮司主演作。監督・阪本順治、脚本・丸山昇一。昨年「あらかじめ失われた恋人たちよ」(1971)をDVDで見て一文をしたためた者としては、その主演二人が出ている今作は見逃せない。同窓会的な遊びの一本かとも予想したが、そうではなく、集中力をこらした本気が漲る。一つ一つのシーンが通常の映画とはちがう艶あるいはリズムを帯びているような微妙だが異様な感覚があり、映画は光でできているわけだが光が蜜やアルコール成分を孕むこともありうるのか、特別な被写体にカメラが感応することもままあるのかもと埒もないことを考える。変な言い方だが、「人間」が存在しているという否み難くしたたかな感じがあり、それは1960年代、70年代の真ん中をくぐり抜けてきた人間たちであり、その空気がスクリーン上に濃く現われている。地下バー「y」(原田芳雄にちなむ命名)での場面はことにその傾きが顕著だ。石橋蓮司、桃井かおり、岸部一徳、大楠道代のぶつかり合う演技の瞬間は、感心とか感銘とかを越えて、なにかガツンとくるものがある。このバーのカウンターに腰かけて桃井かおりが「サマータイム」をうたう場面はみごとで、ここだけ切り取って額縁に入れておきたいくらい。この前後の一連は今年の日本映画の一番の見モノとなるだろうと憶測するがどうだろうか。最初から最後までジャズが鳴っているのは60年代への懐旧か、そのスピリットを召喚しようとしているのか。「troubled people」ばかりが登場する映画で、その上に壮麗で立派な橋が架かるのかどうかわからないが(なさそうに見えるが)、それがないところでのジャズ祭的右往左往の放浪がこのpeopleの生きる本領なのだろう。
パンフレットはインタビューや座談会も収録されていてありがたく、金澤誠の文章「アウトローたちの50年/彼らの矜持が生み出した余裕のコメディ」は役者たちや映画制作者たちの歩んで来た道のりとその交差の歴史図を簡潔に描き出して、とても参考になる。

(池田康)
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2020年07月04日

みらいらん6号完成

milyren6.jpgみらいらん6号が完成した。疫病禍で大変だった今年前半を制作時期としながら、なんとか完成にこぎ着けることができてほっとしている。
巻頭詩は谷川俊太郎、八木幹夫、堀場清子、山中真知子、神泉薫、長谷部裕嗣の各氏、俳句は松本邦吉氏、短歌は川崎勝信氏にお願いした。河津聖恵さんの連載詩は今号が最終回。
特集は「吉岡実」。城戸朱理さんの提案と導きにより、動き出した企画。朝吹亮二・城戸朱理両氏の対話(外出自粛期間中の4月にメール交換で作られた!)を頭に置き、批評エッセイは高岡修、小林一郎、田野倉康一、松尾真由美、小笠原鳥類、松本秀文、菊井崇史、生野毅の8氏にご寄稿いただき、アンケートは嶋岡 晨、安藤元雄、八木忠栄、広瀬大志、野田新五、小池昌代、米山浩平、たなかあきみつ、渡辺玄英、有働 薫、宇佐美孝二、江夏名枝、福田拓也、國峰照子、中本道代、渡辺めぐみ、浜江順子、神山睦美、和合亮一、岡本勝人の20名の方々からご回答をいただいた。あと小生の勝手気ままな特集おぼえがき。
野村喜和夫さんがホストのシリーズ対談記事〈対話の宴・野村喜和夫の詩歌道行〉は今回は歌人の江田浩司さんをゲストに迎え、江田さんんご自身の本のこと、吉岡実や岡井隆のこと、今回のコロナウイルスパンデミック下での詩歌の動向のことなど、幅広く語っていただいた。緊急事態宣言が長引いてなかなか直接会っての実施の目処が立たなかったが、6月に入ってようやく収録することができた次第。
今年1月に逝去された清水茂氏の追悼文を厚誼を得ていたのでぜひ掲載したく思い、小島きみ子さんに執筆していただいた(小島さんは「洪水」13号で聞き手になって清水氏にインタビューしている)ほか、山本萠さんが「詩素」8号に発表された詩が清水さんの死を悼んでのものだったとのことで、その作品を転載させていただいた。
あと、特別寄稿として、「海外通信」と題して英国在住の南川優子さんに英国の現状を伝えていただいた。
全体で184ページ。ぜひ書店でお買い求めいただきお読みいただきたい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 09:34| Comment(0) | 日記