2020年12月23日

清らかさに賭ける

映画「蜜蜂と遠雷」(2019、石川慶)を見る(映画館でなく自宅で)。清い。若者のごまかしのない清さ、ドキュメンタリ的側面の清さ、音楽という創造物に固有の清さが重なっている。ここまで清らかさに賭ける映画はなかなかない。音楽の初心の歓喜が、その中心軸にあるように思われる。そこにプロコフィエフやバルトークが鳴る新鮮さ。バッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー等々の曲の欠片も光を差し込んでいた。母親の死が精神的ダメージとなってステージでピアノが弾けなくなった女の子(松岡茉優)がその困難を克服する話が主筋となり、幼馴染みのエリートピアニスト、野生児のようなピアノ少年、生活者思想を抱く社会人ピアノマンのエピソードが絡み合ってくる。そして青年たちの苦闘に対して、斉藤由貴が大人の極を一手に引き受けコンクールの天空を支配して異彩を放つ。この作品の眼目の一つは、ツンといかめしい斉藤由貴を見ることだろうか。雷や馬や蜜蜂(?)といった象徴系をもう少し巧く物語にゆわえてくれるとよかったのだが。劇中の音楽があるだけで、いわゆる「映画音楽」がほとんどついていないのも特徴の一つだろう。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:01| Comment(0) | 日記