2021年06月28日

山川純子歌集『雪原に輝くふたりの大の文字』

大の文字002.jpg北海道網走に住む山川純子さんの第三歌集『雪原に輝くふたりの大の文字』がこのほど洪水企画から刊行された。四六判上製、164 ページ。 2021年7月13日発行。税込1980円。
著者は短歌文芸誌「ぱにあ」に参加する歌人。地元の開拓百年記念碑に短歌一首を提供したり、居住地の町のイメージソングの作詞もしている。
雪に象徴される厳しい風土、その広い大地での牛飼と農耕の生活。そして娘との思わぬ死別の悲しみ、孫と一緒に暮らしその成長を見守る喜びがこの歌集の筆頭の特徴となっている。本書冒頭の一首は

 オホーツクの空の青さを区切りたる大地に牛ら群れて草喰む

どういう環境でこの歌人が日々を暮らしているかが一気にわかる。牛を飼う生業は著者の生活の一部だったが、牧牛の仕事をやめるという決断をし、その寂しさ悲しさをうたった歌もある。

 牛飼を廃めるとはまた唐突な 夫の表情はたと見詰める
 牛らとの別れの日まであと数日竹箒に背中撫でて回れり
 最後なる搾乳終えて送り出さん牛の頭に頭絡を着ける(頭絡=移動の時に用いる綱)
 牛発たせし朝なり夫と仏前に手を合わせいる少し長くを 
 我が職場と三十七年向き合いし今がらんどうの牛舎に立ちいる
 解体を明日なる牛舎ひっそりと闇の底いに同化してゆく

娘さんが急逝したときの歌は悲痛だ。癒えることのない創痕を著者の心に残したにちがいない。

 救急車来るに停車し見送りぬ搬送さるるが我娘とも知らず
 病院に着きたる時はもう既に娘は逝きており呼ぶ声も出ぬ
 薄赤く灯れる車内手を添えて此の世の外なる我娘と戻りぬ

そうした悲哀の感情と対照的なのが、一緒に暮らすことになった孫の赤子時代から小学校高学年までの成長を詠んだ一連の歌だ。活力が家庭にみなぎる。

 娘一人の我に縁なきと思い来し内孫なりぬ男の子とぞ
 「男児ですよ」と言われし時の感動のそのオチンチンなりしみじみと見る
 一歳の嫌嫌嫌なり全身が嫌の一心反り返りたり
 這イ這イを卒業したる足音がドア開け廊下を突っ切って行く
 「マサモ除雪スル!」赤い防寒着にスコップ持ち勇んで三歳雪降るなかを
 「サンタさん、本当はいないよ」と言いながらプレゼントのリボン解きゆく孫は

そして歌集名は次の歌から採られている。

 孫を真似て新雪のなか倒れ込む舞い上がる雪顔に落ち来る
 新雪に腕を広げて倒れ込む 孫の「大」の字 我の「大」の字

晴れやかな心持ちが雪景色と溶け合うかんじが独特だ。
山川さんがあとがきで次のように書いている。
「短歌を学び始めたのは平成元年の春。いつの間にか三〇年を超えた。この間に二冊の歌集と、その後歌文集二冊をまとめ、今回は一八年ぶり三冊目の歌集になる。七〇歳という区切りもだが、子供を亡くした悲しみの中、孫の傍らで成長を目の当たりにしながら詠み溜めた作品を確かな形にしておく事が、何よりの目的である。」
18年をかけて生まれた果実が豊潤でないはずがない。
(池田康)
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2021年06月25日

みらいらん8号

みらいらん8表紙画像003.jpg
「みらいらん」8号が完成した。今号は「特集・嶋岡晨」と、前号から引き続きの回覧書簡「いま、なぜビート詩か?」の後編と、大きな企画が二つあり、192ページと膨らんだ。
「特集・嶋岡晨」では、城戸朱理さんと相談しながら作ったのだが、その結果、最初の想定を遥かに越えた大特集となった。城戸さんが質問項目を構築し、嶋岡さんが回答する形の書簡インタビュー「城戸朱理の謹厳精緻な十の質問と嶋岡晨のおおどかな二通の回答」、嶋岡さんの詩の最新作「失われた母国の歌」、そして論考は、城戸朱理、小笠原鳥類、田野倉康一、阿部弘一、大家正志、有働 薫、布川 鴇、新城兵一、山崎修平、村松仁淀、川村龍俊、広瀬大志のみなさんにご寄稿いただいた。大学の教え子、同郷の後輩、かつての同人誌仲間、嶋岡晨詩集をすべて蒐集することをめざす熱烈な支持者、長年遠くから見つめてきた崇拝者、といった方々が嶋岡詩の魅力と力について、「怒り」と「変身」と「自由の希求」について、惜しむことなく語っていて、その熱度に圧倒される。そして小笠原鳥類・城戸朱理選による嶋岡晨詩抄(20篇)、新たに執筆された自筆略年譜にもご注目いただきたい。
回覧書簡「いま、なぜビート詩か?」後編は、前編とは反対の順番で執筆が行われた。すなわち野木京子/長田典子/飛松裕太/油本達夫/中上哲夫という流れ。ビート詩研究会で読書会を行ったアンソロジー『Women of the Beat Generation』を土台にして、さまざまの女性詩人の仕事が紹介される。最後の中上さんの書簡では日本におけるビート詩運動の「受容史」がかなり詳細に総括されていて、壮観だ。
巻頭詩は、安藤元雄、八重洋一郎、福田拓也、結城 文、松本秀文のみなさん。
表紙のオブジェは國峰照子作「うつろい」。右側の画像はオブジェの内部を写したもの。ここまで作り込むところに國峰さんの創造の精神性がうかがわれる。雑誌をお送りしたら早速國峰さんからお電話をいただき、いろいろお話をうかがったのだが、巻頭の安藤さんの作品「踊る二人」が「うつろい」に通じているように思えると喜んでおられて、なるほど、気がつかなかったがそういうところがあったかと、思いがけない連結線にときめきを感じた。

さて、小生執筆の「深海を釣る」で、先日逝去された清水邦夫さんの「真情あふるる軽薄さ」について書いたのだが、スペースの都合で書けなかったことをここに補論として記したい。
DVDになっている再演「真情あふるる軽薄さ2001」の最後では、RCサクセションの演奏による「ラヴ・ミー・テンダー」が流れていた。忌野清志郎を「真情あふるる軽薄さ」の主人公の青年に重ね合わせることは確かに的外れではないように思われる。
「ラヴ・ミー・テンダー」はアルバム『カバーズ』に入っている。わが妄想の(永遠に叶わない)音楽的野望は、忌野清志郎のバンドに加わって「噓だろ!」(同アルバムの冒頭の曲「明日なき世界」)とコーラスで叫ぶことだが、このアルバムを聞き直してみると、「Kodomo-Tachi」のクレジットで児童合唱とも言えぬちゃらんぽらんな適当さで子どもたちが一緒に歌っていて、これでオーケーならボクだって加われる!と思ったものだ。
この『カバーズ』というアルバムにはボブ・ディランの「風に吹かれて」とジョン・レノンの「イマジン」が揃って入っており、希有な濃密さを実現している。カバーアルバムで時代を画するこの両曲が同時に入っている事例は世界でも少ないのではないか。日本ではひょっとしたらこの一枚だけかもしれない。しかもどの曲も忌野自身の手で訳された日本語詞がうたわれており、このこともこの作品集の価値を高めている。CDの帯には「往年の名曲の数々に「反戦・反核」の意訳をつけたカバー曲集。単なる日本語訳詞ではなくオリジナルとも言えるその歌詞は力強い。」という紹介文が入っており、このアルバムが(発売中止など)騒がれた要因を簡潔に伝えている。1988年8月15日に発売された、ということは、つまり昭和のどんづまりの時期だ。忌野の高邁な「戦い」の形がここに結晶していると言える。
(池田康)
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2021年06月17日

虚の筏27号

「虚の筏」27号が完成した。今回の参加者は、酒見直子、久野雅幸、たなかあきみつ、小島きみ子、生野毅、海埜今日子のみなさんと、小生。
下記リンクよりご覧下さい。
http://www.kozui.net/soranoikada27.pdf

(池田康)
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2021年06月01日

きまぐれ掲示板

いろいろ催しなどの情報が届いているので、簡単に紹介しましょう。

★吉増剛造展〈Voix〉
5月22日〜6月20日、artspace&cafe 栃木県足利市通2丁目2658(電話0284-82-9172)
月曜火曜休廊

★吉村七重ほか 箏リサイタル
6月13日14時〜、東京オペラシティリサイタルホール

★Ayuo〈2021年夢枕公演〉
6月24日19時〜、めぐろパーシモンホール 小ホール
予約 yumemakura2020@gmail.com

★吉岡孝悦作曲個展
7月17日14時〜、東京文化会館小ホール
(…生野毅さんの詞による合唱と打楽器の曲が演奏されると生野さんから案内あり…)

★南原充士さんの新しい詩集(電子版)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0965MSJZD/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i3


(池田康)
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