2022年01月20日

大寒のおぼえがき

忘れないうちに最初に書いておくが、宇佐美孝二著『黒部節子という詩人』の第2刷ができ上がってきたので、興味のある方はぜひご注文いただきたい。
さて新年になって詩歌関係では、吉増剛造著『詩とは何か』(講談社現代新書)、三木卓著『若き詩人たちの青春』(河出文庫)の2冊をそれぞれ面白く読んだ。前者は2016年の『我が詩的自伝』の続編という位置づけで、大事に思う詩人たちを紹介しながら、詩という営為の本質を考える試み。ディラン・トマス、エミリー・ディキンソン、田村隆一、吉本隆明、吉岡実、フランツ・カフカ、パウル・ツェラン、石牟礼道子、黒田喜夫など、作品を挙げてかなり踏み込んで論じており、吉岡実の芸術至上主義の作品は嫌いとか、西脇順三郎はエロスの面で弱いとか、はっきりものを言っているところも実に興味深い。本の最後の部分に入っている、林浩平氏の質問による39のQ&A「実際に「詩」を書くときのこと」も、この神秘的な詩人の詩作の現場を開陳するとともに、本の前半で述べられた事柄をさらに深く追求していて重みがある。林さんのブログには次のように舞台裏が記されている。「今回も僕は制作のお手伝いをしました。全篇が話し言葉での語りによる展開、講談社の最上階のフロアの座談会用のスペースに座って担当編集者の山崎比呂志さんともども吉増さんのお話しを聴いた次第です。一回はだいたい二時間ほど、さあもう何度集まったことでしょうか。(中略)いったん体内化された言葉でもって、現代詩をめぐる言語哲学的な問題を具体的に語ったこの本、これは大きな収穫だと思います。」
『若き詩人たちの青春』の方は、昨年末から読んでいたのが最近読み終えたという形だが、著者が詩を志した若い頃に出会った詩人たちの姿が生き生きと活写されていて楽しく読めた。長谷川龍生、黒田喜夫、鮎川信夫、関根弘、堀川正美、谷川雁、木原孝一、清岡卓行、岩田宏……。戦後を代表する詩人たちであり、これを読めば戦後詩史のなまの風景を目の当たりにするような気になる。解説で小池昌代氏も「文学史を繙けば、当時のありようは、知識や情報として知ることはできる。だがその事実を生きることはかなわない。しかし本書は、あの時代の熱気、詩人たちの表情を、作品とともに伝えてくれる。読者はここに飛び込み、経験してみる他はない。/詩人たちは、人間臭さを存分に発揮しながら、詩を求めることにおいては極めて純粋だ。個を超えて、詩の未来を請け負って立とうという意気込みで、全身から湯気を立てている。」と書いている。当時の生活のありようがどうだったかも切々と伝わってくる。もともと単行本として2002年に出た本。
さてそれから、イギリスの作曲家、ヴォーン・ウィリアムズ(1872-1958)の交響曲全集のCDBox(通常の新譜一枚分ほどの値段!)を入手して少しずつ聴いている。去年の暮れに昔MDに録音した交響曲5番と6番を聴き返して、おや?と興をそそられてのこと。この作曲家の存在をはじめて知ったのはたしか篠田一士の音楽エッセイを読んだときだったように覚えている。その本をとり出して確かめてみると、平穏無為と言われても仕方ないところもあるが、その交響曲については、「はっきり言えば、全九曲のシンフォニーをじっくり聴きこむことが、イギリス音楽の魅力を知るうえでも一番の早道ではないかと思う。つまり、エルガーから始まる近代イギリス音楽を支配する、もっとも根源的なものはシンフォニーによる音楽思考で……(後略)」とも書いている(「平穏無為の音楽のために」「いささか途方に暮れるけれど……」=『音楽に誘われて』所収)。私としては1番はパスしたい気もするが、2番以降はゆっくり繰り返し聴けそう。ヴォーン・ウィリアムズには活発に劇的に動く曲もあるのだが、目的地なき逍遥、音楽的瞑想ともいうべき、穏やかで優しげな曲の方がいかにもこの作曲家を聴いているという感じになるのは妙なものだ。小品では、「タリスの主題による幻想曲」「揚雲雀」など、聴き甲斐がある。付属の解説冊子によると、彼はモーリス・ラヴェルに師事したが、ラヴェルは彼のことを「私(Ravel)の音楽を書かなかった唯一の生徒」と称したそうだ。
最後に、いただいたばかりのお知らせ。南原充士さんが新しい詩集『滅相』をアマゾンのkindle版で刊行したとのこと(343円)。下記よりご確認下さい。
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B09QMC28Q7/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i4
(池田康)
posted by 洪水HQ at 16:30| Comment(1) | 日記