2022年06月18日

夏の系

 夏が半透明の殻から抜け出した
 虫の王国のあけぼの
 逃げ水がどこまでも逃げていく
 ラジオの戦争報道は波にのまれ
 サーフボードを脇にスクーターが走る
 真昼間の無常に斧をかける蟷螂
 目覚めてにぶく動きながらまどろむ甲虫
 昼寝は楽園への隧道
 冒険をかぎあてる無為の散歩
 王国に足を踏み入れると子供はセミ語をしゃべる
 藪がウツソウ語を
 川がサフサフ語を
 競り合う天籟妖声の譜
 夏は交響楽 夏休みの作文がつづる
 夏は交響楽 詩が真似る
 第一楽章のtuttiを少年が駆け抜け
 風の管弦が追いかけ
 大紫はうろうろ飛び迷うが
 もうどこへ行く必要もない
 朱夏こそ最終目的地
 その頂は齢を四半にし
 その淵で記憶は浄瑠璃となる
 くももくもく 幼い素頓狂な声
 入道雲の角力三昧
 すわ雷雨燦然
 木々は古代青の甦り
 地上の虫言葉ふたたび蠢き
 夜空ひそひそ語
 銀漢のかなたの爆発
 逃げ水を集めて螢は幽明の呂をまう
 サーフボードはもう乾いている
 少女の歌はまだ濡れている

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もうすぐ7月、いよいよ夏も本番。
ということで、ここに書きとめるのは、夏の子らに寄せる頌歌です。
いざ発表するゾ、というような晴れやかなことではなく、ちょっと出してみる、くらいの気持ち。
というのは、このような主題はありふれたものだろうし、それにつながる各部分の表現も誰かがどこかで似たことを書いているかもしれないので。
なお、「サフサフ」という表現は西脇順三郎「失われた時」から借りてきています。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:36| 日記