2022年08月06日

百合が夏になにかささやいている

はがき002.jpg夏に咲く花といえば、朝顔、向日葵などがすぐに思い浮かぶが、あまりにも当たり前だ。そこで、「百合が咲く夏」という新鮮に感じられそうなイメージを発案してみたい。うちの近所でもあちこちで鉄砲百合とおぼしき白い百合がつぼみをつけたり花開いたりしている。百合のつぼみは特徴的ですぐわかり、いつ咲くんだろうと心の中で尋ねてみたりするのだが、それが開花するとちょっとした感動を覚える。百合が語る夏、この系列に属する風物はどんなものがふさわしいだろうか。ひっそりと涼しげな存在たち。夏の裏街道。
虫ならば、蝉でもカブトムシない。蛍はちょっとよさそうだが、もう今では滅多なことでは出会えないから挙げにくい。玉虫もしかり。なので、カナブン。この昆虫はうちの近所にもいるようで、ときどき見かける。カブトムシより色彩の美しい点もいい。果物では西瓜や桃ではなく、スモモ。貴陽やサマーエンジェルといった品種はことに美味しい。アイスクリームよりも水羊羹、いやトコロテン。飲み物は私の勝手でジンジャーエールにさせていただく。よく飲むので。カフェでオリジナルのジンジャーエールを出すところがあるが、レシピの可能性の幅が広いようで、さまざまな個性的味わいのジンジャーエールが飲めてうれしい。しかし更にふさわしいのは、冷やしたジャスミン茶か。この夏はこれに全面的に頼っている。涼しさをもたらす道具は、クーラーでも扇風機でもなく、団扇。これは壊れやすい、フラジャイルなところもこの系にふさわしい。
歌では誰だろう。声高なかんじがしない、ひっそりした雰囲気の人。現役の人で思いつけるといいが、なかなかぴたっと来ない。だから、久保田早紀。地中海的幻影の南方の光の中に、ひんやりした涼しさが感じられる。「ギター弾きを見ませんか」「幻想旅行」「碧の館」「アクエリアン・エイジ」「25時」「田園協奏曲」「アルファマの娘」「トマト売りの歌」「サウダーデ」「憧憬」など。「星空の少年」もかなり好きだが、オリオン座が出てくるので冬の曲となる。
ところで、百合はキリスト教の受胎告知の花として知られており、それと関係するのかどうか、女性同士の恋愛に百合がシンボルとして使われるようで、そのことを今書いているこの話題に織り交ぜるのは難しいような気がするけれど、それでは、「百合の夏」の文学者として古代ギリシアのサッフォーにお出ましいただこうか。紀元前にまで飛ぶのは涼しさがある。沓掛良彦著『サッフォー 詩と生涯』(平凡社)より、「もっとも美しきもの」という詩。

 ある人は馬並(な)める騎兵が、ある人は歩兵の隊列が、
 またある人は隊伍組む軍船(ふね)こそが、このかぐろい地上で
 こよなくも美しいものだと言う。でも、わたしは言おう、
 人が愛するものこそが、こよなくも美しいのだと。

 このことわりを万人にさとらせるのは、
 いともたやすいこと。げにその美しさで
 世のなべての人々に立ちまさったヘレネーとても、
 いともすぐれた良人(おっと)を捨てて

 船に身をゆだね、トロイアへと去ったことゆえに、
 わが子をも、恩愛のほど浅からぬ両親(ふたおや)をも
 露ほども想うことなしに。[キュプリスさまが]まどわせて
 かのひとを誘(いざの)うていったのだ。

 [女心は]いともたわめやすいもの、
 [それは]今わたしの心に、はるか彼方の地にいる
 アナクトリアーを想い起こさせる。

 ああ、あの娘(こ)の愛らしい歩き振りや
 あの顔のはれやかな耀きをこの眼で見たいもの、
 リューディア人らの戦車や、さては
 美々しく身を鎧うた戦士(もののふ)らなどよりも。

サッフォーの作品は一作をのぞき断片的なものしか残っていないということだが、これはかなり完成形に近いようだ。キュプリスとはアフロディーテーのこと。4行目は今読むと流行歌にもありそうな当たり前のことを語っているようにも思えるが、この本の注によれば、古代ギリシアの価値観からは大きく逸脱した考え方とのこと。トロイア戦争の伝説の妃ヘレネーがうたわれているのが注目される。サッフォーにとってヘレネーは、ほどよく近かったのか、我々が原節子やマリリン・モンローを思い浮かべるような距離感なのだろうか。しかし調べてみると、トロイア戦争は紀元前13世紀とも16世紀ともされていて、そうすると、現在からサッフォーまで約2600年遡り、そこからさらにヘレネーへと1000年近く遡るということになる。この遥かさは、意識をぼんやりかすませるに足る。トロイア戦争のころも百合は咲いていて、〈神話〉を目撃していたのだろう。
追記。画像は、官製はがきの切手の部分。絵柄は「ヤマユリ」とのことだ。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:24| 日記