2023年06月28日

蝦名泰洋歌集『ニューヨークの唇』

ニューヨークの唇.jpg蝦名泰洋歌集『ニューヨークの唇』(書肆侃侃房)が刊行された。四六判、192ページ、2000円+税。編者=野樹かずみ。メインパートである第一部「ニューヨークの唇」のほかに、第一歌集「イーハトーブ喪失」の再録、野樹かずみとの両吟からの抄「カムパネルラ」を含む。

帯に載る六首:

 月を追う途中の子どもにあいさつをさよならみたいな青いハローを
 落ちている海かと思うあおむけの君がまぶたをひらいた瞳
 抱きあげるするとわたしも何者かに抱きあげられていることを知る
 夕焼けがより濃い席で答えなき答え合わせを待つ女の子
 この鍵はどこのドアにも合わないが永久があるから失くしたくない
 全校の運動会に人が消えひとりで踊るオクラホマミキサー

五首目の「永久」は「とわ」と読むのだろう。


さて、おまけとして。
ちょっと前に野樹さんから『短歌両吟第7集 カイエ』をいただいていたので、その中から、両吟の文脈無視で、蝦名さんの歌をいくつか紹介したい。

 捨てられたヴィオラのf字孔からも白詰草の芽は出でにけり
 大陸に灯りがひとつ見えているだれか地球に残されている
 一人して見た朝焼けと二人して見る夕焼けをつなぐ鈍行
 おもちゃ箱の好きなおもちゃを探せない大きな箱ではないのだけどな
 正確な時計さがしてさまよって毎回おなじ海にまみえる
 動物に言葉を与えないでくれ嘘ばかりつくようになるから
 杖の先で大地のドアを叩くけど大地の主は不在がつづく

(池田康)


追記
『ニューヨークの唇』の第一部「ニューヨークの唇」から、帯掲載の歌以外に15首ほど紹介する。

 やさしさの陽はふりそそぐ青空をくちうつしにて運ぶわれらに
 共作の未完の空に足したきははるか遠くで呼ぶ波の音
 放たれて行く場所がある手品鳩ついに帰らぬ一羽の男
 はね橋の近くの画家は待っている見えないものが渡りきるのを
 世界中のだれもがわすれているようなちいさなことをおぼえている子
 桟橋は廃墟となりて数本の杭がかたむきぼくを待っている
 かなしみにほほえむべけれいちい樹をチェスの駒へと彫りあげる秋
 鐘の音の疲れてとどく半球に戦争がまだ生きている午
 祖父が生前手帳に大事にはさみしは劇団員の募集広告
 手をつなぐうべなうように道があるひびわれながらつづく大地に
 百匹の群を離れた一匹の羊の上に浮くツェッペリン
 この丘に立てば廃墟となるまでの一瞬は見ゆあきつは流れ
 戦争がはじまるらしい 食堂で一マルク差のランチに迷う
 被曝死者カウントされずふえてゆくゼロという名にまたゼロを足せ
 知らぬ間に春の女神が駆け抜けてその足跡にすみれ咲きたり

posted by 洪水HQ at 18:08| 日記

2023年06月17日

みらいらん12号

表紙002.jpgみらいらん12号が完成した。特集は「映画は夢に溶ける」。なぜ映画の特集をやろうという気になったかといえば、本誌レギュラー執筆陣に映画に詳しい望月苑巳・愛敬浩一・玉城入野の三氏がいたので、それなら是非、という事の次第で、特集の座談会もこの三人にやっていただいた(「映画と名乗る夢は暗闇でうたう」)。映画の世界全体と対象が大きいので議論が適切な道を行っているのかどうか心許なかったが、テキストを起こしてみると、不思議にもなんとかまとまっていて、安心した。
それから、吉増剛造さんを主人公にした映画「幻を見るひと」(2018)のエグゼクティブ・プロデューサーをつとめた城戸朱理さんに映画制作の実際についてお話を聞いたインタビュー「詩人は映画の沈黙に語りかける」(映画は沈黙が大事という論が新鮮)、新作映画「渇水」の八覚正大さんによる特別レビューがある。「渇水」の原作は河林満(2008年没)の小説で、河林さんには生前すこし交わりがあったので、彼の作家仲間だった八覚さんに執筆をお願いした次第。八覚さんによる繊細な読み解きをぜひお読みいただきたい。
そして中本道代・宗近真一郎・蜂飼耳・柴田千晶・広瀬大志・伊武トーマ・たなかあきみつ・高橋馨・菊井崇史・二条千河といった方々の論考や詩、さらにアンケートでは作曲家の池辺晋一郎さん、新実徳英さんにもご参加いただくことが叶った。
巻頭詩は吉田博哉・中原道夫・大仗真昼・酒見直子の各氏、俳句は山西雅子さん、短歌は長瀬和美さん。
この号から野村喜和夫さんの連載詩「アンチモンな生、遠い生 ──わが元素手帖から(1)」が始まり、その第一回の記念として巻頭トップにもってきた。
もう一つお知らせとして、この号から扉を高橋馨さんの線画で飾る。これもお楽しみいただければ幸いだ。
表紙のオブジェは國峰照子作品「断奏」(上)、「4分33秒」(下)。
その他詳しい内容については下記のリンクからご覧下さい。
http://www.kozui.net/mln12.html
(池田康)
posted by 洪水HQ at 13:53| 日記

2023年06月01日

近況いくつか

「みらいらん」12号の編集を終えて印刷所に入れることができた。いつもよりやや早めだが、これは新作映画を紹介していて、その公開中に雑誌が出るようにするため。ちなみにこの号は映画特集「映画は夢に溶ける」を組んでいる。
先日、野村喜和夫対談集『ディアロゴスの12の楕円』の内輪の小祝賀会があったのだが、8人前後という規模の集まりで楽しく酒杯を交わすのは(私はちょっとしか飲めないが)久し振りで、人との交わりを欠いたここのところの月日の鬱屈が少し晴れた気がした。
昨年の夏は百合に狂っていた(近所の高砂百合を探訪していた)が、最近家の近所で鉄砲百合(この種類はこの季節なのか…)がみごとに華やかに咲いている姿に出会い、百合熱が再燃したような感じ。よその土地にも探しにいこうかと夢想している。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 15:53| 日記