
帯に載る六首:
月を追う途中の子どもにあいさつをさよならみたいな青いハローを
落ちている海かと思うあおむけの君がまぶたをひらいた瞳
抱きあげるするとわたしも何者かに抱きあげられていることを知る
夕焼けがより濃い席で答えなき答え合わせを待つ女の子
この鍵はどこのドアにも合わないが永久があるから失くしたくない
全校の運動会に人が消えひとりで踊るオクラホマミキサー
五首目の「永久」は「とわ」と読むのだろう。
さて、おまけとして。
ちょっと前に野樹さんから『短歌両吟第7集 カイエ』をいただいていたので、その中から、両吟の文脈無視で、蝦名さんの歌をいくつか紹介したい。
捨てられたヴィオラのf字孔からも白詰草の芽は出でにけり
大陸に灯りがひとつ見えているだれか地球に残されている
一人して見た朝焼けと二人して見る夕焼けをつなぐ鈍行
おもちゃ箱の好きなおもちゃを探せない大きな箱ではないのだけどな
正確な時計さがしてさまよって毎回おなじ海にまみえる
動物に言葉を与えないでくれ嘘ばかりつくようになるから
杖の先で大地のドアを叩くけど大地の主は不在がつづく
(池田康)
追記
『ニューヨークの唇』の第一部「ニューヨークの唇」から、帯掲載の歌以外に15首ほど紹介する。
やさしさの陽はふりそそぐ青空をくちうつしにて運ぶわれらに
共作の未完の空に足したきははるか遠くで呼ぶ波の音
放たれて行く場所がある手品鳩ついに帰らぬ一羽の男
はね橋の近くの画家は待っている見えないものが渡りきるのを
世界中のだれもがわすれているようなちいさなことをおぼえている子
桟橋は廃墟となりて数本の杭がかたむきぼくを待っている
かなしみにほほえむべけれいちい樹をチェスの駒へと彫りあげる秋
鐘の音の疲れてとどく半球に戦争がまだ生きている午
祖父が生前手帳に大事にはさみしは劇団員の募集広告
手をつなぐうべなうように道があるひびわれながらつづく大地に
百匹の群を離れた一匹の羊の上に浮くツェッペリン
この丘に立てば廃墟となるまでの一瞬は見ゆあきつは流れ
戦争がはじまるらしい 食堂で一マルク差のランチに迷う
被曝死者カウントされずふえてゆくゼロという名にまたゼロを足せ
知らぬ間に春の女神が駆け抜けてその足跡にすみれ咲きたり