2024年09月15日

杉中雅子歌集『ザ★家族III「メッセージ」』

ザ家族Vメッセージ画像2.jpg「ぱにあ」所属の杉中雅子さんの第三歌集『ザ★家族III「メッセージ」』が出来上がった。A5判並製カバー帯つき。144ページ。税込1980円。2017年以降の作品312首を収める。
歌集1冊目は『ザ★カ・ゾ・ク』、2冊目は『ザ★カ・ゾ・クII』で、タイトルがシリーズ的になっており、装丁も3冊を通して統一感があるものになっている。帯に載せた5首は次の通り。

 主婦だけで終わりとせずに私ゆえ在ることを詠う生きた証に
 日脚伸びし机上にひとり書き散らしの歌のことば繕いており
 新年の会食どきに樹木葬語れば病むかと子らに問わるる
 遠つ国戦禍におびえし子供らの黒き青きの美しき瞳
 「パパを産んでくれてありがとう」わが誕生日によつはのメッセージ
  (最後の歌の「よつは」には傍点がつく。孫の名前)

最後の一首が歌集名につながるのだと思われるが、もちろんこの一冊が著者の家族に対してのメッセージともなるに違いないわけであるから、メッセージは一方通行ではなく双方向のものと言える。それを踏まえて帯には次のような紹介文を置いた。

「──胸のうち言い当てる言葉探しおり──
主婦の奥にひらく歌人の目が、日常を軽やかに掬い取り、過不足なく書き留める、そのささやかな二重生活の消息。子や孫に残すメッセージと、子や孫から受け取るメッセージとが交錯する、家族という名の心のネットワークの精緻な波立ちが唯一無二の紋様を刻印する。」

ここ数年の、樹木葬や古代蓮を詠んだ一連には、はっとさせられるような、この歌人の精神的な深みも明確に感じられ、「境地」ということを言ってみたい気もする。巻末には、詩人・二条千河さんの解説「アルバムは厚みを増して」、ぱにあ代表の秋元千惠子さんの祝辞「いのちのバトン」も収録している。

(池田康)
posted by 洪水HQ at 13:03| 日記

2024年09月06日

泉遥歌集『そして それから 風の唄』

カバー画像2.jpg泉遥さんの第二歌集『風の唄』が完成した(「そして それから」はサブタイトル)。3年前の第一歌集『風の音』以降の作品を収める。四六判128ページ。大病を抱えながら生きてきて、今年86歳、その感慨が歌集の中心を流れる思いだ。親しみやすいうたいぶりで、構えることなく流れるように読んでいくうちに長野県飯田市に住むこの歌人の生活がありありと目に見えてくる感じがする。帯に載せた5首:

 「奔放な人と暮してゆかいだったよ」病床の夫ぽそりと言えり
 縦横斜めにメスを入れ修理した身で唄い詠って
 生涯を心臓病と闘いて勝ちたる思い八十六歳
 唄いつつ詠いつつ行く風の中思いのままにわれのゆきませ
 勤勉にわれを助けてくれまししペースメーカー身になじみたり

ついでに帯文も:

「大病を乗り越え、はるばる生きてきた八十六年。その無数の風景が今や風となり唄となり世界の光となって作者を包む。日々をわが日々として確かに歩み言葉に刻むささやかな幸福感と、大切な人を亡くした寂しさとが歌集の底にひそんで人柄そのものの穏やかなハーモニーを支えている。」

カバーを飾るのは今年3月に亡くなった画家・清水史郎氏の冬とんびを描いた絵で、カバーだけでなく、表紙も扉も清水作品を配してカラー印刷されている。さらには本文中にも2葉、カラー印刷された清水作品が挿入されていて、贅沢に華やかであり、本書の特色となっている。その本文カラーページ2葉の裏側には「思いのままに」と題して20首が本文から抽出されて並んでおり、本歌集のダイジェストとも言えるので、以下に紹介する。

 その雅号〈雪夜〉青年の成長の道を見ており今日の個展に
 背をまるめ読みふけりいる漫画本『ブラック・ジャック』に心ひかるる
 アトリエにてたおれたままの弟よ何思いつつ汝は逝きしか
 町びとの心ほぐせる場所なりと知らぬ人らのすすめる町政
 映像の端から火の玉とび出して高層ビルのくずれおちたる
 「生れつき」と言われしことある心臓病を恨みつづけて八十年
 心臓病をかかえながら八十年よくぞここまで生きこしものよ
 みかん畑に「パール柑」の実りし日さぞ幸せな秋日和ならん
 油絵を描きつづけて逝きし姉 作品の数多は何を待ちいる
 縦横に斜めにメスの入りし身も生きて短歌を詠めるうれしさ
 痛み臥せば夏の去りたり朱色なる曼珠沙華にも会えずすず風
 角張て動かなかった左指 わずか曲れるこのうれしさよ
 靴ひもの縛れてうれしこの朝は療法士さんとハイタッチする
 おちこちに柿のすだれの納屋に垂れ伊那の村里オレンジに映ゆ
 今日ひとひ無くし物をしなかったほうびにべっこうあめひとかけら
 夫にも弟にも見てもらえなかったわが歌集 本をみるたび涙のにじむ
 「奔放な人と暮してゆかいだったよ」病床の夫ぽそりと言えり
 唄いつつ詠いつつ行く風の中思いのままにわれのゆきませ
 直らずも修理をすれば生きらるる病みて八十六年世の中を見き
 勤勉にわれを助けてくれまししペースメーカー身になじみたり

(池田康)
posted by 洪水HQ at 10:55| 日記