2015年08月08日

馬場駿吉著『加納光於とともに』

馬場駿吉さんが美術家の加納光於さんの仕事を論じたこれまでの文章と対談を集めた上記の本を刊行された(書肆山田)。帯には「疾走する加納光於に並走する50年の思考」とある。1962年に出会ってから、半世紀にわたり親密につきあい、作風の変化を見つめ、核にある独自な創造思想への理解を深めてきた支持者であり批評家でもある眼差しは、この画家のすべての作品を貫徹する作家性をとことん追究する。「変化」について言えば、版画から立体作品、油彩へという手法・形態上の変遷も重要なポイントだが、ここでは色彩をめぐる航路に目を向けたい。
この美術家の最初の約十年はモノクロームの版画にもっぱら携っていたが、黒にもいろいろある。「黒の顔料は、鉱物性、植物性、化学酸化物と何種類もあって、その他の顔料のように、それぞれ性質が違うんです。そうした比重の異なるものを調整混合させながら初期の頃に刷られた〈黒〉は、非常にソフトで、それでいて原版イメージの勁さをもっているような、やわらかではかない調子を出した、つまり、イメージのシャドーとしての〈黒〉にしたんです。それが近作で刷られている版の原基としての〈黒色〉とはかなり違う。」
そんな初期を経て、やがて色彩の爆発の時期が始まるのだが、まず青が噴出した。
「眼前に在りながら瞬時に遠くへ視線を運ぶものとしての色、海洋そして天空に融けあい、なによりも水=不定形であり流動する色に惹かれたのだと思います。でも、あらゆる青の色料から、なぜあのコバルト・ブルーを選んだのかは、〈直覚〉と言うほかありません」
さらにオレンジについて馬場さんが語る。
「彼がこれまで美術家として、からだごと入り込みたいと思いながら使えなかった色彩はオレンジ系のものだったという。それがこのシリーズ(「胸壁にて」)に至ってついに使われたのだ。その結果、彼は生涯ではじめて色彩を使って仕事をしたという実感を得たと言う。おそらくオレンジ系の色こそが、彼にとって今までに最も魅惑的で、最も罪深い色彩だったのだろう。橙色の皮層をもったエロスの果実はひたすら加納の胸壁をおびやかし、遂にこれを犯したのだ」
赤については画家はこんなことを言っている。
「炎、血液あるいは地表下内部にたぎるマグマ──そういった深く生命存在に関り合う、濃密でねっとりとした赤色の共振のようなイメージが揺れ動く〈開放系〉世界にわれわれは在るわけですが、その中で赤という色は古代から人の眼を射る表徴としての役割を果たし得て来たのではないかしら。絵具の物理的な面から言っても、赤はたえずこちらへ向かって出現、と言うより噴出して来るっていう感じです」
そして緑について著者はこう考える。
「《緑を脱いではいけない》、《身を伏せよ》のあたりから緑への加納のエネルギーの注ぎ方には激しい昂ぶりが見えはじめる。《緑を脱いではいけない》にはソドムの市を焼いた焔のような赤のただ中に、ほんの手掌ほどの、しかしこの画面の強烈な赤を致死させるほどの力をもった緑が登場し、《身を伏せよ》では巨大なゼニゴエ様の緑が画面全体に増殖しているのだ」
色をめぐる思考の激しさに圧倒される。「ここにはじけ飛び、あるいは誘引する色彩エネルギーの発散と凝集には、天地創造の秘儀に立ち会うようなすさまじさを感じさせられ、ただ驚異の眼をみはるばかり」「加納光於の色彩への大航海時代の幕開け」と馬場さんは言う。
色彩ばかりでなく、「アララットの船あるいは空の蜜」での、大岡信詩集『砂の嘴・まわる液体』を誰も読めないように作品内部に埋葬してしまうという、非常に込み入った造形思考も、それをめぐる批評家たちの言論の紹介もふくめて、とても興味深い。
ただ表現するのではなく表現を試みる、たんなる表現者ではなく表現探求者である美術家・加納光於の、「未だ視ぬ波頭」を追いかける造型の“七つの海の航海”をこの評論集は絢爛綿密に日誌にしたためている。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 22:11| Comment(0) | 日記
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