尺八奏者の中村明一さんのリサイタル「明暗真法流、「三谷」の流れ」が昨夜よみうり大手町ホールで開かれた。二枚組CD『鶴の巣籠』の発売記念として。前半の曲目は、「吟龍虚空」「鹿の遠音」「鶴の巣籠」の三曲で、それぞれ三尺一寸、二尺三寸、一尺八寸の長さの尺八で演奏され、音色の違いを実感することができた。後半は越後明暗流尺八保存会の虚無僧姿の奏者七人の合奏「大和調」「下田三谷」のあと、またソロに戻り、「三谷」「神保三谷」が演奏された。大きなホールを尺八一本で静寂させ支配するのだから驚嘆だ。尺八はまことに不思議な楽器で、ギターのように同時に何種類もの音を出すことができ、瞬間ごとに変化する神出鬼没のノイズ気味の微妙きわまる付帯音でもって予測のつかない響きを生み出す。その変化で曲を作っていくのだが、部分によっては非常に華やかでありつつ、通常の音楽とはかけ離れた自然そのものの持続のあり方で、なんの疑念もなく聞き入ってしまう。呼吸がそのまま歌になる、いってみれば山川草木悉皆音楽、一本の竹の笛でここまでできるのかと感銘を覚えた。中村明一さんには「洪水」10号の佐藤聰明特集で対談に登場していただいている。
この日は午後に単行本制作の打ち合わせ、山野楽器銀座本店への「洪水」18号納品をして、時間があまったので映画「ブルックリン」を観た。1950年ごろアイルランドの娘がアメリカのニューヨークに移民として渡る話。映画表現としての純情な上品さに穏やかに酔う。この映画と中村明一リサイタルとは案外にいい組み合わせだったかもしれない。
(池田康)