2016年10月15日

歌の時代?

ボブ・ディラン、ノーベル文学賞受賞とか。おどろき桃の木まじょの箒。キャノンボール花火炸裂。中世まで詩の時代だったのが、近代以降小説の時代となり、それもいいかげん煮詰まってきた、そのような文学界の状況に一つ刺激を与えてやろうということか。スウェーデン・アカデミーも果敢だ。いつかボブ・ディランの本を作りたいなと思っていたが、やりやすくなったのか、どうなのか。
(池田康)

追記
「現代思想」5月号総特集ボブ・ディラン、という本を本屋で見つけた。2010年に出した巻を臨時増刷したもののようだ。多くの人が参加執筆しているが(まだ一部しか読んでいない。字が細かい!)、アーサー・ビナード「ディランの『若さ』の意味」が、同国の人間の理解の深さがあり、教えられることたくさんの、とても意義深い文章だった。名曲「Forever Young」を細かく解説してくれているのもありがたい。アメリカの少年には「Budokan」の意味がまったく不明だったという面白い話も。
巻頭のボブ・ディランインタビュー取材記事「いつもの自分を見せているだけだよ」にも興味深い発言がある。「大衆文化は多くの場合、短い時間ですたれる。葬り去られる。ぼくは、レンブラントの絵画と肩を並べるようなことをしたかった」とか、「ほんとうに歌にしたい考えやことばがあり、いくら考えてもそれがうまくまとまらないときは、全部を−−一切合財を−−そのまま使って、歌い方を工夫して押韻の構造にはめこむ。韻を踏めないという理由で、歌を台無しにしたりあきらめたりするより、そのほうがいい」とか。
posted by 洪水HQ at 16:12| Comment(0) | 日記
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