2016年11月29日

新実徳英の合唱世界

昨日、「合唱音楽の夕べVol.4“新実徳英の合唱世界”〜愛と祈りのかたち〜」を第一生命ホールで聴いた。演奏は樹の会(指揮=藤井宏樹、ピアノ=浅井道子)。
まず「やさしい魚」(詩=川崎洋)では合唱団の声の響きを満喫する。ステージ上には、百名を超えていただろうか、オーケストラ二つ分くらいの団員が立ってうたったのだが、この大人数でも整然と麗しい歌声を作り上げるのに、当然のことなのかもしれないが、感嘆した。よく鳴る、いい楽器が、明朗な音楽をうたうのは楽しい。
次に「三つの愛の歌」。その1は柿本人麻呂の長歌による「寄り寝し妹を」、独特の幽玄の〈陰〉の曲調で、創造のユニークな新しさという点ではこの夜のプログラムで最も刺戟的だった。以前ある新作歌曲の会でやはり万葉集をテキストにした曲を聴いたことがありそれも繊細な音の波立ちがあって良かった。いつか新実版万葉集シリーズをまとめて聴く機会があるといいと願っている。さてその2は「Thy mouth like the best wine」(旧約聖書「雅歌」より)。聖書の中の詩句ながら「濃密な愛の空間」と解説されている。その3は「Suavies cantus」。キーツの、「聞こえる音楽は美しい。だが、聞こえない音楽はもっと美しい」と語る、魂へ届く歌たろうとする詩。新実さんが大事にしている詩篇で、メシアンの初期の音楽を想わせるような単純な作りの音楽が崇高さをもって静かに立ち上がった。この三作をひとまとめにするというのはよくわからないのだが、ステージ上の解説によると、組曲というわけではないようで、一冊の楽譜にたまたまこの三作が集ったということか、小説の短編集のようなものだろうか。
コンサート後半は、和合亮一さんの詩による、5年前の大震災をふまえた作品「黙礼スル」。これは第1番「畏れる」「祈る」、第2番「闇夜」「決意」「青空に」から成る。ステージを埋めたとんでもない数の歌い手たちによる大合唱はさながら大壁画を創り上げるようだった。リズムの創出の面白いもの、譜割りのひっかかりを感じさせるものなど、変化も様々あり、大変ドラマチック。新実さんの作曲家としての特長は、過不足なく〈完璧〉を作り上げるという点に見ていいかもしれない。表現者は往々にして力こぶを入れるあまり「過」に傾きがちなのだが、新実さんはあるべき形を絶妙なバランスで構築していく。よく見えていて、手を変に動かしすぎない。従って作品が揺ぎないものになる。このような大作ではその特長がよりはっきりと表れるように見えた。立派に出来すぎていて、震災の歌だから、「つぶてソング」よりも恐いものになっているかもしれない。福島の人たちはこの曲をどう聴くだろうか。
「黙礼する」とは、おそらく「黙祷する」の意も込められているのだろう。青空に、小石に、波頭に、くるみの木の切られた跡に……世界の全てに黙礼する、つまり祈りを捧げるということを、ふだん我々はやらない。日常生活では身の回りのものはただ自然にそこにあるだけ。が、それら世界のすべてのものに祈りの「黙礼」をすること、その行者の意識によって日常空間はある種の非日常なものになるのだろう。そういう〈観のマジック〉を秘めた歌ということができる。
和合さんも福島から出てきていて、ステージ上からの挨拶を聴くことができた。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 20:46| Comment(0) | 日記
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