2017年02月14日

二つの小説

誰かから勧められて小説を読むということが時々あって、正月にはいつかお会いした時に呉智英さんが言及していたカルペンティエルの『失われた足跡』を読んでいた。岩波文庫版を買っておいたまま一年くらい過ぎていたが(日の当たるところに置いていたので表紙も変色してしまった)、正月という大区切りのときしかないと一念発起で読み始めた。また一月末から二月初めにかけては野田新五さんに勧められ今評判の恩田陸『蜜蜂と遠雷』(幻冬舎)を読んだ。
どちらも音楽が柱となっている作品で、音楽の根っこを考える試みが見られ、文明国の娯楽市場システムを逸脱した音楽創造の可能性が描かれていて、専門家的視点からの音楽の記述描写は珍しい種類の刺戟をもたらす。
カルペンティエルはラテンアメリカのマジック・リアリズムの祖とも見なされているそうで(文庫解説による)、他方ではフランスのシュルレアリスムにも関わっていたようで、シュルレアリスムとマジック・リアリズムが音楽を伴いつつつながるというのは面白い。マジック・リアリズムとは言い換えればシュルレアリスティック・リアリズムということでもあるか。
『失われた足跡』にはそんなに濃いマジックの要素はないし、『蜜蜂と遠雷』もマジックの要素は希薄だが、音楽経験をたどる言葉の記述は幻覚を見ているかのような夢見心地の感覚を醸す。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:45| Comment(0) | 日記
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