2017年03月13日

二つのコード進行

コトリンゴのアルバムを何枚か聴いている。この人の立つ位置はかなり流動的で、ジャンルで言えば、あくまで私見だが、ポップスの端っことクラシックの端っことジャズの端っこと環境音楽の端っこが重なるか重ならないかぐらいのところで漂いながら音楽を創っているように思われる。ある種の「フュージョン」の人なのだ。べったりの歌謡ではないので、歌を聴こうという心積もりでのぞむと肩透かしを食らったような気がすることもあるかもしれない。ある曲ではポップスの要素が比較的強いが、別の曲ではクラシックのような展開が目立ったり、ピアノがジャズ風な動きをして賑わせてみたり、音楽の設定の土台から組み立て方を細やかに変貌させてゆく。だから一本調子にならないわけで、だから掴みがたいということにもなるわけだ。通常の意味での和音のコード進行はもちろんあるのだろうが、それに加え、いかなるジャンル要素の構成で作るか、ジャズがリードするか、歌の旋律が前面に出るか、環境音楽的な引っかかりの乏しい怠惰な響きの流れを主とするか、つまりどういうブレンドにするか、どのジャンル的特徴ににじり寄るか、それがどう変転していくかという意味での第二のコード進行が論じられうるかもしれず、そういう視点でコトリンゴを聴くとひょっとしたらこの人の創造性の焦点にうまく近づけるのではないか。もちろんすべての曲で、えぐかったり強すぎたりしないくすぐるような甘味、心地よい柔らかさ、安易にわかりやすく高揚せずはぐらかす旋律線の曲がりかた跳びかたは認められ、それがこの音楽家の〈歌〉の核をおぼろに型抜きしている。どの曲も楽しく聴けるが、「ツバメ号」(『bird core!』)、「読み合うふたり」(同)、「友達になれるかな?」(『trick&tweet』)、「でたらめサンバ」(同)なんかは秀抜なユニークさがあり、どんな音楽の好みの人でもオヤッと思うだろう。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 22:28| Comment(0) | 日記
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