2017年12月25日

狙う姿に耳を澄ます

昨夜、虎ノ門のJTアートホールアフィニスにて女声合唱団暁の第10回演奏会を聴いた。篠田昌伸作曲「この世の果ての代数学」(詩・野村喜和夫)初演を聴くため。女声合唱団用の詩をいろいろ探した結果これに辿り着いたと篠田氏が語るこの作品のテキストは女性的要素を足し算とか掛け算とか割り算とかいろんな演算にかけながら奇妙な宇宙論を語る異様なもので、これを選ぶ時点でこの作曲家の思考法の特異さが表れている。prelude/arabesque/canon/song/arabesque2/rhapsody/epilogueの7曲からなる組曲で、可笑しさとおっかなさ、ユーモアと宗教的畏怖の感覚が入り交じった、独特のクール&クレージーさを帯びた音楽。作曲家がなにか新奇な形を狙っている姿を強くかじることができ、打たれた。野村さんと篠田さんの対談(+ゲストに四元康祐さん)が近くできあがる新雑誌「みらいらん」に載りますのでご期待下さい。
プログラムの他の曲は、新美桂子「何んでも無い」(委嘱新作・初演。テキスト=夢野久作「少女地獄」。前半のおしゃべりの雰囲気をもった部分と、後半の聖歌のような部分とをつなげた奇抜な構成)、近藤譲「女声合唱のための歌二篇」(2013。テキスト=蒲原有明「偶感」「朱のまだら」。頭のほうの音程の運び方が衝撃的に新鮮)、横島浩「目覚めU」(委嘱新作・初演。テキスト=太宰治「女生徒」。和音の抽象画を観るよう)、山本裕之「失われたテキストを求めてW」(委嘱新作・初演。テキストは奏者が選んではめ込んだ2種類のものとのこと。ズレと入れ子細工が作り出す突拍子もなさの音楽)。
暁はやっかいな曲ばかりをやるツワモノ合唱団だ。いつも今回のようにピアノ伴奏なしでアカペラでうたうのだろうか。指揮者は西川竜太、泰然とした姿勢を崩さないこの人も風変わりに頼もしい難曲マニアだ。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:01| Comment(0) | 日記
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