2018年01月19日

三拍子、三分割の謎

一昨日だったかN響の演奏会をNHKFMが生中継していて、R・シュトラウスの「歌劇“ばらの騎士”組曲」やラヴェルの「ラ・ヴァルス」をやるということで、解説でワルツという楽曲形式がウィーンの特産として語られ、そうか、やはりワルツはもともとあの地方のものかと認識をあらたにした。三拍子といえば舞踊と連想するのはワルツを思うからだろう、まっすぐにどこまでも進んでいくという感じはしない。
話は変わるが、山下達郎のオールディーズを紹介する番組やラジオの他の洋楽番組で昔のドゥーワップを何曲も聴いていて、似たような作りの曲が多いのに気づいた。ゆったりとした四拍子で、一拍を三つに分割するリズムが刻まれる。遊歩のような進行なのだが一拍の中に細かく三本の柱が立つことで間延び感がなくしかも三つ打ちはどこかのどやかな雰囲気をもたらすようなところがあって、結果として独特の優雅さがもたらされる。そもそも三拍子系の三分割はどこかアバウト、どこか割り切れない「いい加減」な要素があって、ウィンナワルツも二拍目だか三拍目だかを長くするしきたりがありリズムの歪みが風情となるのであって、伸び縮みの融通がきき、それが温かさや人間味、抒情に通じることにもなるのだろう。
三分割は難しい。A4の紙を三つに折って長3の封筒に入れることがよくあるが、そのときもぴたりと正確に折れるなんて幸運はまずない。なにも考えずにやれば大抵5ミリくらいはズレが生じるのであり、頑張って注意しても1ミリ2ミリ程度は「あまり」が出る。四つに折る場合は隅を合わせて正確に折ることができるのとは対照的で、三分割は本質的にどこかテキトーなのだ。
三拍子は不正確さが持ち味であり、そこに面白みがあり、正確な三等分から微妙にずれてストレスや濃淡を動かすことで「歌をうたう」様態なのだろう。従って測ったように正確に刻んでも意味はなく、「打ち込み不可」ということになる。三拍子は「字余り」を貴び、歪みを表情とする。ドゥーワップ(の多く)は三拍子ではなく一拍3ビートということだが、これも打ち込みでやったら音楽の生命感がなくなるのではないだろうか。
(池田康)

追記
『BRUTUS』2/15号の山下達郎特集を見ると、ドゥーワップの基本リズムは8分の6拍子なのだそうだ。8分の6拍子というと軽快な狩りのリズムのイメージが強かったが、必ずしもそうでもないということだろう。
posted by 洪水HQ at 12:08| Comment(0) | 日記
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