2018年09月07日

自然災害所感

今日が無事の一日であったように明日も無事の一日であるという保証はどこにもない……
自然災害が多発する初秋である。台風や大雨はそれでも天気予報である程度予測がつくから備える行動も可能だが、地震はどうしようもない(今のところ)。青天の霹靂ならぬ地の闇からの霹靂、防御のしようがない。日頃から震度7が襲ってきても大丈夫なように建物から調度、小物まで頑丈に壊れないように飛散しないように目を光らせて整備しておけということなのだろうが、そんなこと到底できるわけがない。震度7で倒れない醤油の瓶があったら教えてもらいたい。そしてその揺れはどれだけ小さな確率であれいつでもどこでも起こり得るという妄想すれすれの恐怖。自分が今立っているこの地でまさに今震度7が起こりませんようにと祈ることは、日常意識ではかなりナンセンスだろうけれど、もっとも純粋で現実的な宗教意識の芽とも言える。そういう意味では地震が生み出す不安の断層は、我々も実は何万回に一発のロシアンルーレット、列島ルーレットをやっている(やらされている)のだという気づきへと導く点で、負の意義を呈するとも言える。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 17:46| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
おかげさまで今朝には電気も復旧して、ほぼ日常を取り戻した白老町民です。
テレビが映るようになって、「こんなに騒ぎになってたんだ」と驚きました。

報道は被害のひどさばかりを強調するので(もちろんそれは一面の事実なのですが)、メディア越しで観る印象と現場当事者の感覚にはかなりギャップがあるのだなあということを実感した1日半でした。
(近所では、停電のせいでやることのない人たちが家の前で洗車して暇つぶしをいました)

まだまだ余震(もしくは本震)の恐れもありますので油断はできませんが、油断できないのは世界中どこも同じですね。
とりあえず今後も、いつ何が起こっても悔いのないように生きていこうと思います。
Posted by NIJO at 2018年09月07日 18:30
本当に心よりお見舞い申し上げます。
大変でしたね。
電気復旧何よりでした。
北海道全戸ブラックアウトなんて、驚愕の一語です。
札幌の液状化した街の様子など悪夢そのものですし。
しかし周りの方々は意外にタフに事に当たっておられるのですね。
お店に並んだり水の配給を受けたりといった非常事態の風景がテレビで放映されていたので、どこでもこんなふうかと思っていましたが。
心配しすぎない、のんびり気分の余裕を保ったタフさは、サバイバルのためには有用なのかもしれないですね。
私など、先日雷か何かで10分ほど停電がありましたが、オロオロしてしまい、やっぱり相当依存症になっているなと自覚しました。ダメですねえ。
大きな余震がないことを祈っております。
十分に気をつけて下さい。
Posted by 池田康 at 2018年09月07日 19:49
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