
昨日は詩とダンスのミュージアム(世田谷)にて、「みらいらん」次号のための、野村喜和夫さんがホストをつとめる〈対話の宴〉の公開対談会を開催。今回は「現代フランス詩の地図を求めて」のタイトルのもと、有働薫さんをゲストに招いてフランス詩翻訳について語り合っていただいた。今年刊行されたジャン=ミッシェル・モルポワ著・有働薫訳『イギリス風の朝』のこと、1999年に出版された同じくモルポワ・有働薫訳の『青の物語』のこと、そして主にフランスの歴代の詩人の代表作を名訳で集めた『詩人のラブレター』が俎上に上げられ、翻訳刊行の経緯と意図、難しかった部分や作品の特異性について腹蔵なく語られた。『詩人のラブレター』の解説部分「小さなクリップ」でも有働さんの水先案内人としての平易・懇切・優美に作品の魅力を語る能力はいかんなく発揮されていて、しかも中世から現代まで見渡す視野の広さは尋常でなく、こんなに達意の声でフランス詩を紹介できる人はほかにいないのではないかと思われたのだが、この日もやはりフランス詩全般に造詣の深い野村氏との緊張感あるやり取りの中で各詩人の詩風についてとても的確な評言を呈示し、議論にくっきりとした輪郭が与えられて、探し求めていた〈地図〉がどこかから降臨してきたような気がした。会場の質疑応答も活発で、いい雰囲気で会を終えることができた。『詩人のラブレター』第二部に収められた現役の詩人の中で有働さんが好きだというシャルル・ジュリエの「(自分の夜に…)」を引用しよう(有働薫訳)。
自分の夜に
潜らなかった人は
地獄に
降りて行かなかった
返ってくるまなざしについて
かれは何か分るだろうか
自分と向き合うことについて
生れいずる苦悩について
かれは何が分るだろうか
戦闘の激しさについて
底知らずの苦境について
断末魔の恐怖について
かれは何が分るだろうか
死を
受入れることから
何が生れてくるかを
なお、話がそれるが、この『詩人のラブレター』には嵯峨信之「ヒロシマ神話」が収められており(対訳なので外国の人に読んでもらうために入れたと有働さんは語る)、この作品は『詩国八十八ヵ所巡り』(嶋岡晨編、洪水企画刊)にも入っていて、この両詩人によって必須の一等星として選出されるのであれば、歴史に刻印されるという大きな意味で重要作なのだろう……これがこの日の発見の一つでもあった。
(池田康)