2019年01月22日

ブラックチョコレート・ドラマトゥルギー

成功譚と悲話はどのようにして一体となり得るのか、そもそもそんなことは可能なのか。どうやら不可能ではないらしい。
去年の秋〜冬に公開され今も上映が続いている音楽映画二本「ボヘミアン・ラプソディー」と「アリー/スター誕生」はどちらもサクセスストーリーと悲話が表裏貼り合わさった構造になっており、そのことがこれら二作の味わいを非常に濃いものにしているように思われる。幾多の困難を乗り越えてハッピーエンドに至るというパターンはよくあるが、ここでは序列が違っていて、華やかなサクセスストーリーをさらに大きな悲劇が包む、という構造になっているのだ。
同様の構造のものとして「七人の侍」が挙げられるだろうし、更に言うなら「忠臣蔵」もそうだろう。いずれも計画は成功するが悲しい結末を迎える。そしてそのことで作品の味わいは苦く重厚なものとなる。この作品構造をブラックチョコレート・ドラマトゥルギーと言ってみたい。ブラックチョコレートは最近わが常備食となっており、口が寂しくなると少し割っては齧っているが、甘さをチョコレート固有の苦さが制している。
凄絶な反社会クライムムービー「俺たちに明日はない」も初々しい恋愛の成就とむごたらしい社会的制裁とが表裏となっているし、誰もが知る名作「ローマの休日」もゆるくほのかな感じではあるがブラックチョコレート風味の組み立てになっている。
この思いつくままの考究はプロメテウスとか日本武尊とかジャンヌ・ダルクとか、シルエットが星座になりそうな神話的英雄の類型に行き着くのかもしれない。それを薄めて一般化して、人生論とは結局はブラックチョコレートの味わいにいかに自分の舌をチューニングするかなのだと気の利いたような台詞を言ってみたい気もするのだが、それはとにかく、チョコレート工法は物語作品の構築を重厚にするための一つの有力なセオリーと認められてよさそうではないか。黄金のレシピ、いや、血潮の赤と真夜の黒を掛け合わせたダークブラウンの劇作(劇薬)処方箋。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:50| Comment(0) | 日記
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