2019年05月14日

青柳幸秀歌集『安曇野慕情』

安曇野慕情カバーSS.jpg青柳幸秀さんの第二歌集『安曇野慕情』が洪水企画から刊行された。青柳さんは昭和8年生まれ、長野県安曇野市在住、ぱにあ所属。2013年に出た第一歌集『安曇野に生きて』以降の478首を収める。帯文の紹介に「産土の安曇野に聳える常念岳を畏敬の父、豊かな大地を母のごとくに慕い、農業一途に生きる日々から湧き出る歌は感謝と慈愛に満ちている。幼少時からの自称、悪童丸の無垢な肉体と精神に沁み着いた、戦中、戦後の父母たちと共有した艱難辛苦の悪夢は生涯不滅。昭和一桁生まれの男子ならではの人生の哀歓が熱く、胸を連打して止まない。(秋元千惠子)」とある通り、農業一筋の生活から迸り出てくる歌群が大半を占め、地に立ち苦難の道を歩む一人の男の人生行路をつんざく咆哮がどの歌からも聞こえてくる。帯に掲載されている代表歌五首を挙げる

 猿の長吼えてをらむかひもじさに有明山に日の暮るるころ
 雪風巻くかなたときをり顔を出す孤影は冥し常念岳の
 いつみてもいつもおほらか安曇野は心のふる里母なる大地
 幾世代農に生きたる証とし馬頭観音在しますここに
 この命枯れても思ふ八月は知覧の空と 原爆雲と

最後の歌のように先の大戦を偲ぶ歌も多く、戦争の災禍に思いを馳せる心情の激しさを痛切に感じる。さらに付け加えて何首か紹介しよう。

 エンジンをかけてハンドル握るなり軽トラックに夕日を載せて
 縄文の埴輪は闇を食ひ足らひ小さき唇もつを愛しむ
 一本の稲穂かざして見る様に縄文人の血潮たぎり来
 落胤の祖の嘆きを風に聴く心乱れて雨にぬれても
 安曇野の石仏の胸には天明の飢ゑの記録の刻まれてあり
 安曇野は常念岳の屹つところ老いて吾が持つ杖突くところ
 安曇野の裔なる中のいちにんで信濃訛りの毒すこしもつ
 昭和とはさすらひの船いつまでも流されながら兵の声する
 亡父がゐておほ祖もゐて 馬もゐて俺の安曇野まだ大丈夫
 飲食はホモサピエンスのはかなごと原発の電気たよる暮しに

歌人・青柳幸秀の苦吟と至情をじっくり味わっていただきたい。
(池田康)

追記
この歌集が5月23日の市民タイムス(安曇野市)、6月14日の信濃毎日新聞で紹介されました。ぜひご覧下さい。
posted by 洪水HQ at 11:42| Comment(0) | 日記
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