2020年06月28日

汽車と電車

真心ブラザーズの「アイアンホース」という曲を聴く。ちょっと愉快。アイアンホース(iron horse)、鉄の馬とは、機関車を意味する英語で、そういうタイトルの映画もある。鉄の重さを思わせる低音がひびき、リズムはあくまで前進する。ひねりが利いた言葉がそっけなく鉄道をたたえる。ブルーハーツの「TRAIN-TRAIN」が自由を希求する観念性がまさった青春のつっぱり歌だとしたら、この「アイアンホース」はより鉄道の現実の姿に寄り添う、もみじの秋のあそび歌だろうか。曲最後の5音に注目。
鉄道をうたった歌はどんなものがあるか。唱歌・童謡では、歌詞の長さがもの狂おしい「鉄道唱歌」や、懐かしい「汽車」とか「線路は続くよどこまでも」などがある。歌謡曲・ポップスだと、「津軽海峡冬景色」、「あずさ2号」、「哀しみ本線日本海」、「駅」などがよく知られているか。「さらばシベリア鉄道」もただちに念頭にあがってくる。スケールの大きさという点では「アイアンホース」も「TRAIN-TRAIN」もこの曲にはかなわないだろう。大瀧詠一の旋律はどの曲もこせこせせず音を大きく動かすところがあり、気分の雄大さや夢成分が分泌する恍惚が感じられる。この曲も例外ではない(近視がどうのという珍妙な歌詞も含まれているが)。
「いい日旅立ち」は国鉄由来の曲だったはずだが、詞の中に鉄道を直接に表す言葉はないようだ。はっきりと鉄道の歌にするためには、たとえば「私を待ってる人がいる」のところを「私を待ってる駅がある」とすれば鉄道ファン公認の鉄道歌になるのではないかとも愚考するが……顰蹙を買いそうだ。
「なごり雪」は「汽車を待つ君の……」と始まる。しかし現在ではもう「汽車」は生活に合わない。子供のころはまだ「汽車」は立派に現役の言葉だったが、今や、使うと笑われかねない。この歌が現役として留まるためには「電車を待つ君の……」に変えるほうがよいのだろうか? しかし語呂が悪いのがつらい。2文字を3文字に変えるだけだが抵抗があるし、「汽車」の「き」の字も「君」と通じていて捨て難いのだ。
「銀河鉄道999」はゴダイゴの歌が有名なのだろうが、個人的にはこの漫画のテレビアニメ番組の主題歌も心にしっかり刻まれている。平尾昌晃の旋律造形力に敬礼。この曲も「汽車は……」で始まるが、この漫画に出てくる鉄道は見るからに蒸気機関車の形をしており永遠にそうだろうから、これは「汽車」でなければなるまい。
外国の曲ですぐに思いつくのは「A列車で行こう」「500マイル」あたりか。前者はデューク・エリントン楽団の看板曲。後者はフォーク系のスタンダードナンバー。「涙の乗車券」は比喩として使われているに留まるという気がする。鉄道ファンの公認はもらえそうにない。
19世紀、鉄道は驚異だった。20世紀前半もその感覚はかすかに残っていた。しかし夜汽車に乗ってとついでいく花嫁はもういない。新幹線のような高速交通システムまでできて電車がすっかり日常生活に溶け込んだ今、鉄道に特別な驚異の感覚はない。さすれば、この項の次なる課題は、「電車」という言葉を詩語として完全に消化し、そこに旅情あるいはなんらかの抒情の響きを乗せることに成功した歌がないか探すことだろうか。
(池田康)

追記
斉藤和義は電車ソングの宝庫だ。
「郷愁」は正統的な切ない思いの発露とともに生きることの恐ろしさまでも歌い込んで深みを出しており、そこに「電車」がしっくりはまっていることに感心する。最初の方の「電車は走る、電車は走る」の後半、そして最後のところの「××をのせて電車は走る」の繰り返しの部分の旋律の形、肺腑をえぐるようで、ぐっとくる。
「メトロに乗って」はこの歌手にしては素朴におおらかに幸福そうな雰囲気の歌で、「電車」でなく「メトロ」と言うことでさらに現代的な軽やかさを得てそういう歌世界を引き寄せるのだろうか、妬ましく小憎らしい気持ちにもなる。
近年の作品「アレ」での冒頭の電車内の描写はシニカルで辛辣だが、そのとおり、まったくリアル、これが我々の電車の中の光景だとも思うのだ。
「アレ」も「メトロに乗って」も聴きごたえあるけれど、わが耳の捕捉する狭い範囲では今のところ「郷愁」が最強の電車ソングと言えそうだ。
posted by 洪水HQ at 17:11| Comment(0) | 日記
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