フランス文学研究家(フィリップ・ジャコテ研究など)の後藤信幸氏は、有働薫さんに紹介していただいたのだが、「洪水」にも「みらいらん」にもご協力いただく機会のないまま、2017年の夏に逝去された。その後藤氏の全句集『葛の空』(邑書林)がこのほど刊行された。生前に全句集は作りたいと語っておられた由だから、趣味道楽というレベルを超えて、文学者としての真剣な創作だったのだろう。すべて一定の水準の句にも見えるのでどれを選んでも可のような感じだが、印象深く読んだ数句を挙げる。
枯野来るひと消炭のごとくなり
あの世にもこの世の蝉の聲しかと
走馬燈美しき闇置きにけり
春の野をどこまでも子ら誘ひぬ
丹澤の背に奇怪の冬の富士
秋風や一穂の家藪の中(一穂は詩人吉田一穂)
無縁墓地わが屍を埋めるところ
七夕に捨て猫のゐて眠られず
朝顔を遠くより見る妻を見る
天の川堤長うして佇めり
する墨のかげ圓かなる十三夜
詩人の(同じく仏文研究者でもある)清水茂氏は昨年の一月に逝去された。晩年の詩作の豊穣さには目を見張ったものだが、このほど更に遺作詩集『両つの掌に』(土曜美術社出版販売)が刊行された。その中から「籠いっぱいに 星を」という短い詩を紹介する。
疲れ果てて 夏が凋むと
夜が素早くやって来る。仮にそれが
私にとっての最後の夜だとすれば
もう秋は私に挨拶をしには来ないだろう。
向こうで誰かがその秋を収穫する姿が
幻に見える。私のいなくなった静かな夜、
その人が手に提げた籠いっぱいに
星を摘み集めている様子が見える、
ひとつずつの星を丹念に吟味しながら。
巻末には詩的世界観を語った講演録(2012年)が収められている。
(池田康)
2021年01月20日
遺作集ふたつ
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