2021年03月16日

秋元貞雄作品集『落日の罪 ─青春の苦悩と叛骨─』

落日の罪003.jpg本書は昭和7年に満洲に生まれ、戦後引揚げて、一出版人として生きた秋元貞雄の遺した小説とエッセイ、そして写真による作品集であり、二十世紀という大きな時代の文学そしてドキュメントによるささやかな証言としての意義を包蔵する。発行=現代出版社、発売=洪水企画。A5判上製カバー、250ページ、定価2400円+税(税込2640円)。
著者の秋元貞雄氏は、短歌文芸誌「ぱにあ」の制作などで懇意の、歌人の秋元千惠子さんの夫君で、昨年6月に逝去された。死後、遺されたものを整理していたら、若い頃に書いた小説の原稿が出てきて、読んでみるとそれなりによく書けていて面白く、時代の証言ともなっており、秋元貞雄の最重要の形見とも言えるものなので、本にしたいというお話があり、今回の出版に結実した。
実際に作業を始めたのが11月に入ってからで、3月には完成させたいとのご希望があり、しかし原稿は雑然とした状態の手書き原稿が多く、時間的に非常な困難が予想されたので、小説原稿は数人で手分けして打ち込み作業をしてデータ化し、十日ほどでラフな第一稿を作り、何度にもわたる校正、校閲をして仕上げた。仮名遣いは歴史的仮名遣いと現代仮名遣いが混在していたが、小説作品に関しては歴史的仮名遣いに統一することとし、このための修正作業も絶望的に大変だった。小説は「運命」「落日の罪」「ある青春」「遠くの花火」「悲しき慕情」「醜女との関係」「恋情」「自惚れ成佛」の8作が収録されていて、このうち死んだお姉さんの悲運を物語る「運命」は生まれ故郷の満洲を舞台としていて注目されてよく、またタイトル作「落日の罪」も戦争を必然の背景としていて文学者秋元貞雄を証する重要作となっている。他の作品では戦後の青年の生きる姿がおもに恋愛感情を軸に描かれており、世相、風俗などの点でも興味深い。すべて高校・大学時代(1951〜55年)に書かれたもので、社会人となった時点で筆を擱いたことが惜しまれる。
第二章は同じ青年期の文芸評論と日記の抄からなっている。日記は二冊の大学ノートと断片が遺されていて、全部活字にするわけにもいかず、抄出とした。ノートに細かい文字で書かれているのを読むのは骨が折れたが、幸い読めない箇所はほとんどなく(秋元貞雄がどういう字を書いたかは、写真の章の232〜233ページに2通の手紙が収めてあるのでそちらをご覧いただきたい)、その時代の日々の生活が小説以上によくうかがい知れて、日記というもののドキュメント的位置を改めて学んだ思いだった。
第三章は晩年に書かれたエッセイが収録されている。壮年期に取り組んだ自然食の店の理念や主張を述べた文章のほか、子供時代の満洲での思い出、引揚げのときの苦難の物語を書いたものがあり、非常に貴重だ。
略年譜は8ページを占め、周到な詳細さと取りこぼしを許さない細やかな愛情で重要項目が記される。
付録の章「晩年の周辺」には、著者最晩年の闘病の日々につきそいながら書かれた妻・秋元千惠子さんの文章と短歌作品が収められている。
そして巻末のカラー写真の章「写真で辿る叛骨の生涯」(24ページ)は、誕生から死の直前までの秋元貞雄の生きた足跡を示す肖像や光景が多数掲載されていて、視覚イメージからその生涯をたどることを可能にしている。
本文の略年譜の次に、俳人・北大路翼氏の批評文「戦後の焦燥を背負って」、小生のつたない解説文「王道も楽土もない時代を生きる」が挿入されていて、秋元千惠子さんによるあとがきの文章「「秋元貞雄作品集」刊行について 「女房慕何」の記」に続くことになる。
帯文は、北大路翼氏の言葉:
「多感な青年期を敗戦の満洲で迎えた男が背負った「責任」とは。愚直なまでに国を問い、愛を問い、己を問い続ける態度が落日を赤く燃え上がらせる。己を律することから生まれる叛骨精神こそ、軟弱な時代の僕たちが触れるべき作品であろう。」
ついでに小生の解説文の最後の一節:
「戦争は人の生きる道について大いなる矛盾を形成する。昭和初期に生を享けたすべての人間の魂には戦争の悲痛な割り切れなさが必然的に刻印されていると言えるが、幸運にもなんとかそれを誤摩化してひどく苦しむことなく生きながらえることができる人もいる。しかし満洲に生まれ、終戦後に引き揚げてきて「異郷の地・日本」で暮らすことになる秋元貞雄には、その根本的矛盾を摩滅解消させることは最後まで不可能だっただろう。その精神的苦悩が彼の“歌”となってここに遺る。」
そして秋元千惠子さんのあとがきの最後の一文:
「秋元貞雄の故郷「満洲国」は終戦で滅びた。いまや満洲を語れる昭和の証言者は少ない。一庶民貞雄の無垢な心に刻まれた時代の真実だからこそ、次世代に伝え後世に遺したい。お目通し頂ければ幸いに存じます。」
幾多の難儀を経て生まれたこの本を、ぜひ手に取ってご覧いただきたい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 10:31| Comment(0) | 日記
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