2021年07月05日

宇佐美孝二著『黒部節子という詩人』

黒部節子という詩人002.jpg宇佐美孝二さんがこのたび詩人論『黒部節子という詩人』(シリーズ詩人の遠征11巻)を洪水企画から刊行した。四六変形判、176ページ、税込1980円(1800円+税)、8月1日発行。
黒部節子は1932年三重県(旧)飯南郡生まれ、結婚後は愛知県岡崎市で暮らし、2004年逝去(72歳)。モダニズムをくぐり、前衛の切先を極限まで研いだのち、自我の深みを探索するような詩風に移行した。その後脳内出血で倒れ意識不明となり二十年の昏睡の晩年を送った。昭和の激動の時代に独自の道を歩んだ詩人の生涯を展望し、重要作品の分析・読解を試みる。
名古屋市在住の詩人である宇佐美孝二さんは、必ずしも大メジャーな詩人とは言えないが注目すべき軌跡を残し、独創的な作品の数々を書いた地元の重要な詩人、黒部節子を独自に研究し、2003年以降同人誌などで論じてきた。これはそのすべてをまとめた鏤骨の詩人論であり、貴重な写真や年譜、若い頃の書簡も載せ、詩人・黒部節子の全体像をつかむには欠かせない一冊となった。
黒部節子は若い頃、「暦象」という松阪に拠点を置くモダニズム系の詩誌に所属して作品を世に送り出すことを始めた。そのころの作品「物語」が本書に論じられているので、部分的に引用しよう。

 白い空の消えるあたり
 早い晩餐がひらかれた、つつましい
 虹色の椅子やテーブルの上で

 空腹の天使は空ぢゅうに
 つめたい海盤車をこぼしていった
 海が光り出す前に

 陸地のつきるあたり
 一面の草原の乾いた風の中を
 短い葬列が過ぎていった
 遠い海へ棺がはこばれた
  (後略)

この詩を収録した第一詩集『白い土地』は1957年に出ている。
その後、どういう思考の経緯をへてか、1969年に『耳薔帆O』というあまりにも前衛的な作品集(詩集とは呼ばれていない)を作った。詳しくは本書をご覧いただきたいが、この「謎」は途轍もなく大きい。
そして前述の通り、晩年は長い時間を昏睡状態で過ごすのだが、そうなるまえの、闘病の時期に、意識の深みへ下りていくような作品群を書いており、宇佐美氏はこれらをとくに重要視して、本書でも丹念に読解と考察を試みている。その作品群のなかでもとりわけ不思議さで印象に残る「夾竹桃」を紹介しよう。

 あの展覧会はとうとう見なかった。その絵には黒い
 大きな箱と小さな箱がかいてあって  そのなかに
 「空が一枚ずつ入っているの」と誰かが言っていた。
 わたしはまだそんな空も箱も 見たことがなかった。
 美術館が閉まるころ 一枚の絵がふろしきに包まれ
 裏口から出てゆくのを昼の夢に見た。若い男の手が
 しっかりとふろしきの結び目をにぎっていた。どこ
 かで夾竹桃が咲き どこかで夾竹桃が枯れ  だれ
 もいない遊動円木が揺れて「落とさないで!」と叫ん
 だ。それは遠い  二十年も前の誰かの声のようだっ
 た。左に曲がると 不意に養護学校の裏に出た。夕日
 が落ちかかっていた。 庭に干してあったきものを取
 りこみ 黒い大きな箱と小さな箱に入れて  しまっ
 た。きものは古い干し草の匂いがした。 かすかな空
 と紙魚の匂いも。やはり裏があいていた。 裏のブロ
 ック塀と隣の屋根の間に  小さな三角形の空がみえ
 た。暗いまわりに切りとられて  急に近く光ってい
 る空。「落ちないで!」わたしが叫んだ。

こんな詩は読んだことがない。これはどういう種類の夢幻の闇なのか。ほかにも、昏い幻想をはらんだ詩がいくつも紹介され解析される。宇佐美孝二さんの導きで、黒部節子の詩の森にぜひ踏み込んでいただきたい。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 10:29| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
「アンドレ」初出で読んだ「黒部節子論」がようやく本の形となったこと嬉しく思います。ただ詩集の書影が…特に『空の皿』の書影が…あまりにもお粗末なのが残念で堪りません。
Posted by 津田京一郎 at 2021年07月09日 23:17
ご感想ありがとうございます。ご指摘、真摯に受け止めたく思います。
Posted by 池田康 at 2021年07月10日 09:02
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