夏が半透明の殻から抜け出した
虫の王国のあけぼの
逃げ水がどこまでも逃げていく
ラジオの戦争報道は波にのまれ
サーフボードを脇にスクーターが走る
真昼間の無常に斧をかける蟷螂
目覚めてにぶく動きながらまどろむ甲虫
昼寝は楽園への隧道
冒険をかぎあてる無為の散歩
王国に足を踏み入れると子供はセミ語をしゃべる
藪がウツソウ語を
川がサフサフ語を
競り合う天籟妖声の譜
夏は交響楽 夏休みの作文がつづる
夏は交響楽 詩が真似る
第一楽章のtuttiを少年が駆け抜け
風の管弦が追いかけ
大紫はうろうろ飛び迷うが
もうどこへ行く必要もない
朱夏こそ最終目的地
その頂は齢を四半にし
その淵で記憶は浄瑠璃となる
くももくもく 幼い素頓狂な声
入道雲の角力三昧
すわ雷雨燦然
木々は古代青の甦り
地上の虫言葉ふたたび蠢き
夜空ひそひそ語
銀漢のかなたの爆発
逃げ水を集めて螢は幽明の呂をまう
サーフボードはもう乾いている
少女の歌はまだ濡れている
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もうすぐ7月、いよいよ夏も本番。
ということで、ここに書きとめるのは、夏の子らに寄せる頌歌です。
いざ発表するゾ、というような晴れやかなことではなく、ちょっと出してみる、くらいの気持ち。
というのは、このような主題はありふれたものだろうし、それにつながる各部分の表現も誰かがどこかで似たことを書いているかもしれないので。
なお、「サフサフ」という表現は西脇順三郎「失われた時」から借りてきています。
(池田康)