昨秋は野村喜和夫・眞里子さん夫妻にとって非常に稔り豊かだったようだ。
喜和夫氏は詩集『美しい人生』(港の人)と評論集『シュルレアリスムへの旅』(水声社)を、そして眞里子さんはエッセイ集『アンダルシア夢うつつ』(白水社)を上梓した。秋なのに満開の春を謳歌している!?
『アンダルシア夢うつつ』は「南に着くと、そこにはフラメンコがあった」という副題がついている通り、フラメンコダンサーの著者がフラメンコについて、そしてスペインの生活・文化について広い視野で細やかにつづっており、しかも読みやすく楽々とページが進む。リズム、詞、衣裳、歴史、年中行事、代表的ダンサーや奏者など語られて、フラメンコの文化としての奥行きが多角的に示され、この舞踊ジャンルへの距離が一気に縮まる感がある。しかしなによりも著者の行動力には脱帽だ。専門家としてフラメンコに関するもろもろの知識を披露するページももちろんおもしろく読めるが、本人が現地に行って、特別の人やものと出会う場面は一つ一つがスリルと冒険であり、熱量が著しく高まり、本書の一番の読みどころと言えるだろう。
野村喜和夫詩集『美しい人生』は、書名も驚きだが、この詩人にしては例外的に素直でストレートな書きぶりの作品が多く収録されていて、仰天した。前半の3章「美しい人生」「場面集」「伝説集」がとくにその傾向がある。焼きつけられる思いがしたのが、第一章IX「(たとえいま街々が──)」の中の次のくだり。
きょうも私は私自身を覗き込む
その真ん中の
心と呼ばれるもの
さらに真ん中のあたりで
独楽のように静かに回転している美しいあれを
なんと呼べばいいのだろう
簡単には言葉にできないけれど
それでも言葉にしたい
生きる力そのもののような
美しいあれを
『シュルレアリスムへの旅』については「みらいらん」11号で紹介したのでここでは省く。これらの充実した本は、コロナウイルス騒動の三年をくぐったからこそ生まれた、という面もあるのかもしれない。ちなみにこの春には、喜和夫氏の対談集『ディアロゴスの12の楕円』が洪水企画から刊行の予定となっている。
(池田康)
追記
野村喜和夫さんの『美しい人生』は第4回大岡信賞を受賞したとのこと、おめでとうございます。