今、シルヴィア・ビーチ『シェイクスピア・アンド・カンパニー書店』(中山末喜訳、河出文庫)を読んでいる。20世紀初頭のパリに誕生した本屋で、ジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』を刊行したことで名高い。アメリカ人のシルヴィア・ビーチはその店主で、この本は紛れもない本人の回想録ということになる(1959年刊行とのこと)。店は店主の英米文学紹介の志ともてなし力もあり当時の文学者や文学愛好者の“ハブ”のような存在になる。書かれている様々なエピソードの中で、やはりジョイスの『ユリシーズ』の刊行を目指す艱難辛苦が一番の見所だろう。アメリカ、イギリスで禁書扱いになり、出版しようという版元はなく、印刷所も処罰を恐れて印刷を引き受けたがらない。そこでパリの小さな本屋が出す決意をしたわけだが、その途轍もない苦労には読んでいて頭が下がる。そしてここに描かれるジョイスの姿には自らを母国から(世間の良識から)追放した流離の気配が濃厚で、強く印象に残る。
さて昨日は吉増剛造さんの詩と音楽と映像のリサイタル「剛造とマリリアの映画小屋 DOMUS × 大友良英」が恵比寿の現代アート書店NADiff a/p/a/r/tで開催された。この店、名前は知っていた(以前「洪水」誌を扱っていただいたこともある)が、訪れるのは初めてで、駅からは近いのだが、裏道から更に街区の内奥へ入っていったところにあり、ちょっとした秘境の雰囲気がある。このような催しを開催するというのはやはり“ハブ”たらんとする思いがあるのだろうか。店の奥にステージのスペースを作り、観客席は30ほど。非常に背の高いスピーカーがステージの左右に二本立っていて、これが威力を発揮することになる。今回の催しは詩集『Voix(ヴォワ)』が西脇順三郎賞を受賞したのを祝ってという趣旨だった。まず伴侶のマリリアさんが歌を数曲。エレジー風、サイケデリック調、ロックチューン様などいろんなタイプの歌が奏されたが、哲学的自問を核にくるんだ、長くやわらかく叫ぶような歌唱は独特で、夢の空間の中で歌が身を自転させているような魔力があった。後半は吉増さんとノイズ音楽の泰斗大友良英氏(ギターとパーカッション)の共演で、詩と音楽がぶつかった。吉増氏の詩朗読はこれまで映像も含めて何度か聴いているが、ここまで激した「声」はかつてないことだった。音楽と共演すると詩の朗誦はこんなにもエキサイトするものなのか。白石かずこさんがサックスやトランペットのジャズプレーヤーと共演した朗読を思い出すし、フリージャズのセッションに近いとも考えられるが、それよりも更に過激な感じがしたのは、ジャンル的常識、予定調和の落としどころを持たず、なにか底の抜けているような土俵の例外性があるからだろうか。双方の表現が刺戟しあってうねりの山を大きくするということもあるのだろう。両人ともジャンルの中心のオーソドキシーを離れ辺境を冒険する“流離”の意志を抱いており、それが共鳴しているとも見えた。そしてサウンドシステムの力強さがこの共演の音響をさらに迫力あるものにしていた(ライブハウスで激しいロック音楽を聴くのと同じくらいの音の破壊力…)。映像=鈴木余位。
(池田康)
追記
林浩平さんのレポート: