「平井達也の詩法は、意外な場所に視点を据え、モチーフをひねり、凡庸な予想を超えた把捉と解体で詩を紡いでいく。読者は思わぬ体勢から背負い投げをくらったかのようにふわりと宙に泳がされるのだ。」
という案内文を表紙の背後側につけてみた。思考のアクロバット、抒情のシニカルで過激な屈折はどの詩篇にも見出され、それが平井達也作品を読む時の大きな味わいどころとなるのは間違いない(躓くポイントにもなりかねないが)。
その特徴の最もよく出た派手な作品、たとえば、
アラスカからケニアまで
一直線に閉じられたジッパーを
開く技術だ
アラスカから甲虫まで
一直線に連なる命を
展翅する技術だ (「外交」冒頭部)
このような詩をここで紹介するのがいいのかもしれないが、お許しをいただき、雰囲気は地味だがどうしても見過ごせない一篇、風変わりな恋愛詩「印字」の前半を引用する。抑制が効いている中に感情が沈潜する。ことに冒頭3行は、あまりにも見事、と言うほかない。
明朝体で愛をもらせば
ひとりの部屋に悲しみが
薄紅色に凍りつく
乗り遅れた電車には永遠に乗り遅れたまま
出し損ねた表札の凹部にまず埃が積もる
わが凹部
わが穿孔部
明朝体で名前を呼べば
広すぎる余白が凍りつく
寒さのあまり起立する句点 (後略)
(池田康)
