平野晴子さんの新しい詩集『有為の奥山けふこえて』が洪水企画から刊行された。A5判96ページ、2000円+税。カバーの装画は田中勇次郎氏の作品(装丁は巌谷純介氏)。平野晴子さんは前の詩集で伴侶の介護の日々の波立ちを書いていたが、その彼を看取り、一人になっての老年の生を見つめる枯れた境地が今回の詩集の世界を形成している。寂しさ、心細さ、かそけさ、無垢さに染められた詩がベースになるが、過去を思い出す作品では熱い思いがほとばしったりもする。
とくに第二部に集められている「水たまり」「貝のボタン」「粥の唄」「希望」「風の舟」「風の道」「トパーズの指輪」は子供のころのお姉さんとの思い出をうたっており、複雑な感情を帯びた懐かしさのこもる抒情的な連作だ。
また第三部の「手を離した話」は叔母の満州での悲痛な行為をわがことのように苦悶して、感情のボルテージは非常に高い。そして「オムレツの月」では戦争と対峙する三重県伊勢市出身の詩人・竹内浩三に想いを馳せ、共鳴の声を合わせる。
タイトル作の「有為の奥山けふこえて」は小さなレクイエムだか詩人の現在の心境がよく出ているのではないだろうか。下に引用紹介する。
ちいさきものを抱きそぞろ歩む
ちがやの穂がなびき
つわぶきにシジミチョウが戯れている
みずひき草の髭が朝陽にひかった
ほら ここは
おまえが寝そべって
時を食んでいたところ
腹ばいになって
土のコトバに目を細めていたね
寝ていたのではない
振りをしていただけ
何も信じない
信じるにあたいしない
月も星も見あげはしない
それでいて人の膝が好きだった
おまえのその正直さをわたしは愛した
赤子ほどのものを抱きしめ
赤子ほどの
と
譬えたことにたじろぎながら
譬えを 打ち消し
譬えなおして
木のかたわらに穴を掘る
夕べ
譬えたはずの赤子が
(死んだふりができなくて)
……………………
わたしは
ここに穴を掘るだけ
そして土を
かけるだけ
そして
花を植えるだけ
土よ
抱く器となれ
ちいさきものよ
花の名で呼ばれる日まで
ここに眠れ
(池田康)
