神山睦美著『共苦─コンパッション』が洪水企画から〈詩人の遠征 extra trek〉シリーズの第5巻として刊行された。A5判256ページ。税込2420円(本体2200円)。8月の末から制作を始めたのだが、編集は非常に速やかに進んだ。神山さんの校正作業の速度が非常に速いのだ。それで2ヶ月で出来上がったという次第。このボリュームの評論の本としては思いがけないことで、驚いた。
カバーの袖に載せた案内文は次のとおり。
「ひとつの生の苦しみの行路の果てに確立された思想を核にもつ批評はしなやかに強く、内奥において熱い。人間世界の数多の悲劇的難問を読み解く決定的な鍵を「共苦=コンパッション」と命名する著者は、そのアルキメデスの支点に拠り、人類史の総体を視野に入れながら、中世・近代から現代に至る詩歌、小説、そして論考や学の根底を見極めて陰翳の襞をくぐる対話を試み、それぞれの文学の苦い声を非戦の祈りの和音へと解き放つ。」
目次を一覧すると……
序章 メモリー
日々流滴/流れのなかで
第一章 インタビューと対話
原民喜と原爆──青木由弥子/小林秀雄と戦争──岡本勝人/絶対非戦論──佐藤幹夫
第二章 詩論T
世界の消滅と最後の人間──夏石番矢『俳句は世界を駆けめぐる』/「死の光」への道すじ──江田浩司『メランコリック・エンブリオ 憂鬱なる胎児』/存在喪失のモティーフ──林浩平『全身詩人 吉増剛造』
第三章 思想論
「悪」の立場からの「贖罪」──大澤真幸『我々の死者と未来の他者 戦後日本人が失ったもの』/本土決戦と黙示録的情熱──笠井潔『自伝的革命論』から『例外社会』へ/「政治的なるもの」への反措定──劉燕子『不死の亡命者』
第四章 古典論
南島歌謡と柳田民俗学──藤井貞和『古日本文学発生論』/民衆の不遇感と妹の力──兵藤裕已編注『説教節 俊徳丸・小栗判官他三篇』
第五章 詩論U
存在の不遇性──現代詩文庫『有働薫詩集』/苦痛の実存──現代詩文庫『杉本真維子詩集』/プライドをそがれた言葉──小池昌代〈編〉『放課後によむ詩集』
終章 思想家論
アイロニーとしての村上一郎
以上、あとがきにも書かれているが、神山氏が自ら主宰する書評研究会の活動をきっかけに生まれた批評文や対談、インタビューを集めたものが中心となっている。岡本勝人氏との小林秀雄をめぐる対談は「みらいらん」15号に掲載されたもの。
この本を読んで強い印象を受けるのは、神山氏の文芸評論の道筋、そのいわば背骨がいかに生成してきたかが具体的によくわかるところで、大学時代に学生運動に参加したが脱落し、その強烈な挫折の意識からどう立ち直って自らの思想的確信を築いてきたか、その過程が明かされていることだ。佐藤幹夫氏との対話「絶対非戦論」に次のような言葉がある。
「あの時に戦い通したのは民青の暁部隊と、のちに連合赤軍になる連中です。私も彼らのオルグに抵抗できないまま生半可な同調をしていたら、連合赤軍に入っていたかもしれません。しかし、連合赤軍のその後は、よく知られていますが、結局は何も残していないのです。それを考えると、戦わないで逃げた私が、なんとかして考え続けてきて非戦論を起ち上げたということは、これはこれで大事なことだと自分としては考えています。」
この言葉に対して佐藤氏は、
「「戦わないで逃げた」という体験事実を、少しずつ積極的なものとして反転させ、「戦わない」という選択肢もあるんだ。いやその選択こそが非戦論なんだ、とそう位置付けてきた。こう受け取ってよいということですね。」と応じている。この対話篇は著者の立脚点を知る上で必読だ。
現在進行形の詩歌作品を取り上げた章も多い。文芸評論家で詩歌とここまで正面から向き合うのは、神山睦美氏のみと言えるのではないだろうか。文学を考える上で、とても貴重な姿勢だと思われる。
(池田康)
