2008年11月08日

『花開くGENE』より「春の雨」

今週ももう終わりに近い。先週もここに書いておくべき出来事がいくつかあったのだが、週末の連休に帰郷し心騒がしい日々をすごしたので、先週の体験は霞の奥にかくれてしまった。霞をかきわけて思い出すのも億劫なので、そのままにしておこう。また折に触れて思い出し、書きたくなることもあるだろう。
さて、南原充士さんの詩集『花開くGENE』に収められている作品の中で私が一番好きなのは、「春の雨」である。この詩集はスタイルの試みという点で意欲的で、非常に多彩なスタイルの詩作品を集めているので、この「春の雨」でこの詩集を代表させるのは無理があるし、著者の南原さんにしてみたら、よりによってこんな芸のないシンプルな詩をもちだしやがってと苦々しく思うかもしれない。しかしとりわけこの「春の雨」には文句なく強い感銘をうけたので、率直な印象を大切にして、これを紹介したい。短いので作品を引用させていただこう。

雨が降っている
春に
傘もささずに
男は歩いている
どこへ?


どこかへ……
だが どこなのかは だれも知らない
ただ 歩いている
まるで それが 彼に
大義名分を 与えるかのように


桜は 散ってしまった
そして ほかの花々が咲こうとしている
それから また別の花々が咲き継ぐだろう

あの男は いったい どこへ行ったのだろう?
だれも知らない
ただ 男が歩いていたことだけは 覚えている
まるで 永遠の散歩者であるかのように

(『花開くGENE』26ページより)

どうということはないのかもしれないが、こういうシンプルさを詩にできるというのもまた年季のなせるわざだろう。言葉のシンプルさと詩の尖端の至る世界の高さとの釣り合いの大きな傾斜がこの詩の詩性を強くしている。情感の澄みと寂びがなんともいえず、何度読んでも、気持ちがすっとする。「あの男」は自分の分身という部分もあるのだろうけど、自分の肉体は永遠ではないのだから、自分とは違うなにものかでもあるのかもしれない。ちなみに南原さんの第一詩集は『散歩道』というのだそうだ。(池田康)
posted by 洪水HQ at 12:15| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記
この記事へのコメント
 池田さん、拙詩集のご紹介ありがとうございます。「春の雨」気に入ってくださってうれしいです。ちなみに、この詩は先に英文でできたのを、自分で和訳したものです。韻は踏んでませんが。

 参考までに掲げておきます。

ーーー

  Spring Rain

It's raining ,
In spring,
Without an umbrella,
The man is walking ,
To where?

To somewhere,
But no one knows it,
Just walking,
As if it 'll give him a cause,

Cherry blossoms have gone,
And another flowers will be in bloom,
Then another ones will take over,

Where on earth has he gone ?
No one knows it,
Just remembers he was walking ,
Walking like a permanent stroller

ーーー
Posted by 南原充士 at 2008年11月09日 11:56
なるほど、英語で読むとすこし印象がちがってきますね。英語だと「The man」が、非常に巨大な存在のような気もしてきます。面白いですね。
Posted by 池田康 at 2008年11月09日 14:44
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