2010年11月20日

北沢方邦詩集『目にみえない世界のきざし』

kitazawashishu.jpgかなり予定より遅れたが、北沢方邦さんの詩集『目にみえない世界のきざし』がようやく完成した。今回は北沢さんのご希望で、親しくされている杉浦康平さんの装丁となった。氷のような帯の斜めに切られた線の斬新さと、聖なる光る卵を中心に置いて華麗でありながら静寂も湛えるカバーとが精妙なバランスを作っており、本文はセピアを加えた二色刷りで、章によって異なる雰囲気を構成していて、視覚に快く訴えてくる。杉浦氏のデザインの叡智が凝縮された書籍文化の粋と言いたいような出来栄えとなっている。値段は2500円+税。
北沢さんの詩について。ある目的のために版元からの紹介文を作ったが、それにはこう記した:「音楽および構造人類学を専門とし、数々の著作を発表し活発な執筆活動をおこなってきた北沢方邦氏が、若き日に詩人・片山敏彦のもとで学んだ詩精神を胸に秘め、40年以上にわたって書き続けた詩をこのたび一冊の詩集にまとめました。“現代詩”の視野の狭さの陥穽に囚われることのない寛やかで確固とした歌声は今日稀な詩のみずみずしさを実現し力強い旋律を解き放っています」・・・半世紀にも及ぼうとする創作の集大成で、アラブの四行詩ルバイー(複数はルバイヤート)の試みと、長編詩からなる。長いものは、人間という存在のエニグマの深淵を秘めた「メデイア」、“新実徳英特集”の折に作られた(新実さんの音楽に想が通じるのだろうと思われる)「青の瞑想」の二編は「洪水」に掲載紹介したが、そのほかにも力強い律動で読ませる「オデュッセイアー」や透明感のある「アッシジのフランチェスコ」、憤りが強く刻まれた「アフガニスタンの黙示録」などがあり、また最後の「目にみえない世界のきざし」は昨年亡くなった奥様の青木やよひさんの追悼詩で、本書のタイトルもこの作品から来ている。ここに引用するのには短いもののほうがやりやすいので、「ルバイー」のなかから、いくつか引用してみる。

〈オデュッセウスの帰還〉
パラス・アテネの瞳は
太陽と海の碧さを映し、
運命の矢は、はやくも
弓弦に、進みゆく帆のごとく
かかる。

〈廃墟の月〉
歴史のむなしい営みの跡、
瓦礫と死者たちの眠る沈黙の廃墟に、
宇宙の彼方からふりそそぐ皎々とした月光。
ここに東京という街があった

〈ジェロニモのように〉
タラフマラでは、女は四つ、男は三つ
魂をもつという。月下に輝く岩肌にすばやく、
ジェロニモのように身をひるがえしながら、
失われた三つ目の魂を追う。

〈アボリジニーの樹皮絵その二〉
ディンゴが吠えている、
カンガルーが戦っている、
ヒトが祈っている、すべてを、
虹の蛇が飲み込もうとしている。

〈アボリジニーの樹皮絵その五〉
聳え立つ巨大な巌〔いわお〕の声を、
聴いたことがあるか? 大地の空洞に
ひびくその厳かな声を。ひとり、それに
目覚め、ゆったりと身を起こすのは虹の蛇。

とりわけ印象深いものを選んだが、親指姫連作も、北沢さんがこういう可愛いものを作るんだという意外性もあり、恋情の優にして雅なるものもあり、好ましい。
巻末にはあとがきの代わりとして、かなりの長さの「詩論」が収録されており、著者の考えが明確に力強く表明されていて、詩の思索の実質のような、根のようなものを感じることができる。
昨日、北沢さんの長年懇意の西荻窪の自然食の店“バルタザール”で祝賀会があり、デザインを担当された杉浦康平さんや、作曲家の西村朗さんもみえて祝辞を述べていただき(西村さんは「秋の庭」を誉め称えて朗読)、また店のご主人のご好意でこの日近海で釣ってきた鯛を刺身にして出してくださるという驚倒のサービスもあり、本の誕生を祝する佳い晩餐会となった。
なお、いま紀伊国屋書店新宿本店5階の“じんぶんや”というコーナーで「一枚の紙、宇宙を呑む」と題した杉浦康平氏選のブックフェアが開催されていて、今回の詩集も並べられているので、ぜひご覧いただきたい(12月17日まで)。
(池田康)
 
posted by 洪水HQ at 10:22| Comment(0) | 日記
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