2011年06月19日

舞楽 算命楽

三輪眞弘さんの新曲「舞楽算命楽」を聴く。東京オペラシティコンサートホールでの、「雅楽の未来 奇跡の聲明」という演奏会。東京楽所、真言法響会、天台聲明音律研究所の演奏。こんなにしっかりと雅楽を聴いたのは初めてか。合奏は思ったよりも厚い音で、旋律の形の見えにくい望洋とした旋律がゆったりと立ち上ってゆく。音楽の形の独自さに目を凝らす。三輪さんの曲「舞楽算命楽」は、舞と雅楽と聲明とをまとめた総合的な楽で、数をテーマに作曲されているとのこと。三輪さんの例の「という夢を見た」の科白で終わる半ばフィクションの作品解説から目に付くところを拾うと、「舞人と楽人達が東方と西方の二手に別れ、最初に与えられた数を交互に計算しながら奉納される」、「舞の型や方角、そこで奏でられる旋律や和音、さらに打楽器のリズムまでもがこの数に従っており、それは、算命楽という舞楽全体が数値を表現する媒体でもあることに他ならない」、「国家の天命を知るある種の占いとして奉納されていたのではないかと言われている」、などなど。スティックを持っての二人の舞人の演技は剣を合わせているようにも見えたが、スティックの中の無数の小石は精子を表して、スティックを上に向ければ「天から精子を充填している様」、下に向ければ「四方の大地に向け散布している様」、つまり豊穣祈願なのだということだ。三輪さんはこの振り付けを“初音ミク”を使って作ったのだと、ステージ上で語っていたが、その点も曲の演出のうちか。楽の響きは、その前に演奏された古典曲よりも精妙でユニークなふうに聴こえた。しかし、と思う。この作曲家にとっては、純粋に抽出された音の形や響きは、いわば二の次で、むしろある特殊な場において音楽がどのように生きるか、生命を得るかが問題なのではないか。音楽が奏され、祭が形をなし、人間の時間がそこで圧倒的な凝縮を達成する、その全体の姿が重要で、それを設計・創造しようとしているのではないか。3年前に大垣で観たダンスつきのガムラン曲「愛の賛歌」を思い出す。骨組みが今回の新曲と似ており、それは三輪眞弘作品の祖型の一つと考えていいように思った。
コンサートの後半は、「舞楽法会」という名前の、演出を担当している木戸敏郎氏の作り出した型式による舞台で、フルメンバーの雅楽アンサンブル、聲明が左右に別れて30名ほど、そして舞人2人の大規模な曲であった。聲明の声の響きは普通の合唱団とかなりちがって非常に独特で、小さなこぶしがリズムのように入り、微妙な差異をたくさん含んだハーモニーは聴いていると時間を忘れてしまう。その中で歌われる言葉が、日独交流150周年記念でドイツ公演をしただとか、このたびの大震災で亡くなった方々を悼むだとか、そんなことが語られていくので生々しくてびっくりした。曲の最後には聴衆も引き込んで般若心経の読経となり、まことに思い切った構成。演出の木戸氏のすさまじい創造的思考に思いを致した。(池田康)
posted by 洪水HQ at 21:58| Comment(0) | 日記
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