2012年03月10日

南原充士詩集『ゴシップ・フェンス』

gossipfence.jpg南原充士さんが洪水企画から新しい詩集『ゴシップ・フェンス』を出した。ここ数年、力強い創造的生産性を見せている氏だが、今回の詩集でも54篇の作品が収録されていて、その数だけでまず圧倒される。詩集タイトルの「ゴシップ・フェンス」とは、英語で「井戸端会議」のような意味の言葉だそうで、作者と読者とが本というフェンス越しに多種多様のトピックについて語り合うという図なのだろうか、詩の内容を見ると「井戸端会議」の領分を超えて宇宙論や形而上学ともいうべき要素も少なからず見出され、そこら辺はまさに詩人による「ゴシップ・フェンス」というところだろう。人によってはとっつきにくい印象を覚えることもあるかもしれないが、とりあえず是非読んでいただきたいのが、冒頭から二番目に置かれている「多重人格論」だ。南原さんの詩集はいつもダイナミズムの幅が広く、読者をまごつかせる多様性があるが、そんななかで何篇かは疑問の余地なくすばらしい逸品、秀作と呼べるような作品がかならずあって、この「多重人格論」もそうした作品だ。前半の二連を引用する:

 たかしというのが彼の戸籍上の名前である
 二十歳で同棲したえりと一年で別れた
 いやむしろ行方不明になった
 どこにいたのかわからないままに
 二年後ひょいと戻ってきた
 だが そのとき えりは ゆりだった
 ひさしぶりに同衾を求めると
 ゆりは行方をくらました

 たかしは やむなく めぐみと一緒になった
 一年後 めぐみは 男子を出産した
 その赤子をあやしていた たかしは ある日
 失踪してしまった
 めぐみは私立探偵に依頼して あたりをくまなく探した
 たかしは見付かったが めぐみを見ても だれだかわからなかった
 たかしはやすしだと名乗った
 抱いていた赤ん坊を見せたが やすしは興味を示さなかった

ぜひ本書を手に取って読んでいただきたい。詩はなによりも抒情であり徹頭徹尾抒情であるべきだと盲信する方はあるいは抵抗を感じるかもしれないが、そのような先入観にとらわれず無心で読むことができれば、今まで経験したことのない、あたうかぎり硬質な詩の世界の可能性に出逢えるはずだ。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 14:07| Comment(0) | 日記
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: