2013年03月24日

八覚正大詩集『学校のオゾン』

gakkonoozon.jpg八覚正大さんの二冊目の詩集『学校のオゾン』が完成した。前作『朝一の獲物』から一年、この速さは熱の昂まりを表しているのであろうし、小説家であるとともに詩人の看板を高々と立てたということにもなろう。今回の一冊は、高校教師としての経験を材にした作品を集めており、夜間学校の問題児たち、迷える仔羊たちの生が鋭くいきいきと活写されている。その少年少女地獄に対する突き放し方も湿ったところがなく、役者を感じさせるスタイルにさえなっている。多様な事例が詩篇になっているので、どれを紹介したらいいか迷うが、冒頭の「地雷小僧」を引こうか。

 声をかけても
 返事はなく
 それでいて
 向かってくる
 刺すようなまなざし

 うっ屈と怨念を
 内に秘めて
 待っている眉と肩

 導火線は
 負の感情の
 貯蔵庫に直結し
 言葉の理解の
 連結を阻む

 かつて学校で
 いじめを尽くし
 その見返りにいじめ尽くされ
 アルバイト先では
 生活費を稼ぐため
 重い鎧をきて
 完全に自己を抑えきる
 だから
 定時制という
 ゆるい生活の安全地帯では
 それを脱いで
 危うくなる

 怨念の
 怨恨の
 憎悪の
 汚濁の
 そして限りない怒りの
 投影スクリーンをもとめて
 踏まれることを待っているのか

 極限微細の
 傷だらけの信管を
 教師の前に置いて
 挑発するかのように──

 お前の名前は
 地雷小僧!

黒羽英二氏の跋文がついており、「詩の形でしか表現出来ないところまで、その書き手を追いつめるものは、私の場合は、敗戦前後の東京と疎開先の千葉県の地獄の日々で、十代のことだったので、詩歴が長くなったのだが、八覚さんの場合は、長い大学生活、心の病い、長い教職生活の果ての、五十代末期に至ったということなのだ」と述べられている。八覚氏の三十年以上にわたる「戦いの場」であった学校での月日がこうして一冊の詩集にまとめられたことは、八覚氏にとって大きな区切りをなすに違いない。表紙カバーおよび本文中の挿画は『朝一の獲物』と同じく画家の野崎晶氏によるもの。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:50| Comment(2) | 日記
この記事へのコメント
拝読しました!
「夜光の時計」でも感じましたが、
学校という戦場で出会う生徒たち一人ひとりが
とてもドライにかつ生々しく描かれていて、
それに相対する教師の葛藤も
感傷抜きで伝わってきました。
読んでもらいたい人がたくさんいます。
Posted by 二条千河 at 2013年03月26日 08:51
感想をありがとうございます。
八覚さんは定年で教職をはなれこの四月から自由の身を謳歌するとのこと、記念の一冊ですね。
多くの方に読んでもらえればと思います。
Posted by 池田康 at 2013年04月01日 14:49
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