2023年08月13日

愛敬浩一著『草森紳一は橋を渡る』

草森紳一は橋を渡る表紙S.jpg愛敬浩一さんの草森紳一論の第三弾『草森紳一は橋を渡る』が完成した。サブタイトルは「分別と無分別と、もしくは、詩と散文と」。〈詩人の遠征〉シリーズの第15巻で、212ページ、税込1980円。
袖の案内文は愛敬さん自身がまとめたもので、
「草森紳一の絶筆≠ニも言うべき連載「ベーコンの永代橋」では、死の間際までマンガ『スラムダンク』読み続け、その意志的な「雑文」のスタイル≠ェ天上の高みへとのぼりつめる。二〇〇八年三月十九日、永代橋近くの、門前仲町のマンションにおいて、草森紳一が七十歳で亡くなってから、十三忌も過ぎた。本書は『草森紳一の問い』、『草森紳一「以後」を歩く』に続くシリーズの第3弾。未刊の連載原稿(副島種臣論など)は、今後どうなるのか。慶応義塾大学中国文学科卒業後、ごく短い編集者生活を経て、様々なジャンルの文章を書き続け、毎日出版文化賞を受賞した『江戸のデザイン』の他、草森紳一の専著は六十四冊(増補版や復刊も含む)、対談本が一冊、共著が一冊。改めて、若き日の『ナンセンスの練習』の重要性に思い至る。」
となっている。
「橋を渡る」とは草森紳一の連想の働き方、思考の歩み方をシンボリックに表現したもので、ことに一つの現実存在「永代橋」は草森自身の生活拠点であり重要とされる。
絶筆の連載「ベーコンの永代橋」を読み込んで草森の雑文スタイルの意味を考える第一部が本書のメインとなると言える。草森論三冊目にして愛敬さんの思考は問題の本丸に最接近したかのようだ。草森紳一晩年の風呂敷を縦横に広げる文筆スタイルをこの時代の批評のもっとも可能性を孕んだあり方の一つとして、愛敬さんは評価しようとしているのではないか、そんな気がする。
第二部では、ドラマ『妻は、くノ一』を出発点とする松浦静山論、小説集『鳩を喰う少女』の「橋」的な眼目、『歳三の写真』の写真術創成期と土方歳三の生涯との交点の考察、対談集『アトムと寅さん』に見る草森の映画観、といった事柄が論じられる。
草森紳一の見えにくい本領にさらに一歩近づく一冊と言えるだろう。
(池田康)
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2023年07月21日

「現代短歌」9月号(98号)

「現代短歌」9月号が完成、私も寄稿しているのでご覧下さい(書評=佐々木漕歌集『天飛む』)。
なお、この号は特集「寺山修司没後40年」が組まれている。寺山と塚本邦雄の関係を考える瀬口真司「最後の読者」、寺山と尾崎左永子の関係を考える嵯峨牧子「二人のシンクロニシティ」、歌人・今野寿美と俳人・佐藤文香の対談「寺山修司は寺山修司をいかに創作したか」など。
特集で紹介されている寺山の短歌や俳句を読んでいると、彼の言葉との格闘での暴れぶり、そのなかでの細心さ、抒情と虚構の兼ね合いの卓抜さを強く感じる。
 向日葵の顔いっぱいの種かわき地平に逃げてゆく男あり  (歌集『空には本』より)
(池田康)
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2023年07月12日

通信の神秘

生野毅さんが今週末の15日(土)18時から、「新・剪灯新話 ─歌と詩と絵画と─」というイベントをYO-EN、黒須信雄の両氏とともに開催するそうだ。場所はギャラリー・ビブリオ(国立市)。3000円、要予約。生野さんのパートは怖い話(詩?)になるらしい。こういうお知らせをもらうと、ちょっとそそられる。そのありさまを空想するだけで心踊るような気分になる。
少し前、映画「インターステラー」(クリストファー・ノーラン)を見るのとほぼ同時に、佐藤史生のマンガ「夢みる惑星」の何度目かの読み返しをしていたのだが、たまたま重なったこの両者になにか共通点があるように感じた。どちらも天変地異の大災害にみまわれ、そこからどう逃れるかという話になっているのだが、そのなかで通信の神秘、交感の奇跡がクローズアップされる。その特殊な力が生き延びるための奥の手となるのだが、こういう危機的状況だからこそ目覚めた心的機能なのかもしれず、そんな状況だから一層その働きが映えるということもあろう。シャーマニックで魔術的な通信は重大局面では啓示となり、なにかのための手段であることを越えて、それ自体が価値となる、ように見える。しかしそれは案外いたるところにその萌芽がひそんでいるのではないか。描かれた絵も、ピアノの音も、鬼百合の姿も、風に翻る裳裾も、こちらになにかを伝えてくるわけで、それが「神秘」に格上げされる瞬間がまれにあり、我々はその時あたかも「カタストロフィから救われた」ような感覚になる……いや、もしかしたら、むしろ逆に、不気味なカタストロフィ幻想に急襲される、のだろうか。いつどこで生ずるかもしれない〈通信の神秘〉は世界を読み解く表徴であり、世界を刷新する亀裂の痛みである、と言われているような気がする。
そもそも通信が成立するということはささやかな神秘であり(かつ、世界が組織される基本となるアクションである)、特別な通信の成立はまさに特別な僥倖である。そしてなにげない通信が一転、特別な通信に変化する驚愕も、つねに期待したいところだ。
(池田康)
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2023年07月09日

「虚の筏」31号

「虚の筏」31号が完成しました。
今回の参加者は、海埜今日子、小島きみ子、二条千河、平井達也のみなさんと、小生。
下記リンクからご覧ください:

なお、音符たちは8分の9拍子の名曲からかっさらってきました。

(池田康)

追記
二条千河さんが『詩の檻はない 〜アフガニスタンにおける検閲と芸術の弾圧に対する詩的抗議』というアンソロジーに参加するそうです。
二条さん曰く、
「来る8月15日、北海道詩人協会事務局長・柴田望さん編集による書籍『詩の檻はない 〜アフガニスタンにおける検閲と芸術の弾圧に対する詩的抗議』がデザインエッグ社よりオンデマンド出版されることになりました。
オランダに亡命中のアフガン詩人ソマイア・ラミシュ氏(亡命詩人の家「バームダード」代表)がタリバン暫定政権から出された詩作禁止令に抗議するために今年3月に世界中の詩人から募った100編超の詩作品のうち、36名の日本詩人と21名の海外詩人の作品を収録したアンソロジーです。
私自身も書き下ろしの詩にて参加、また校正者としても奥付に名を連ねております。書籍はすでにAmazonにて予約受付中です。
※フランスでも同趣旨の書籍出版準備が進められておりそちらにも日本詩人一同の作品の仏語訳が掲載される予定です。」
この本と関連イベントのチラシ:
8月24日イベント「世界のどの地域も夜」フライヤー.jpg
posted by 洪水HQ at 09:52| 日記

2023年06月28日

蝦名泰洋歌集『ニューヨークの唇』

ニューヨークの唇.jpg蝦名泰洋歌集『ニューヨークの唇』(書肆侃侃房)が刊行された。四六判、192ページ、2000円+税。編者=野樹かずみ。メインパートである第一部「ニューヨークの唇」のほかに、第一歌集「イーハトーブ喪失」の再録、野樹かずみとの両吟からの抄「カムパネルラ」を含む。

帯に載る六首:

 月を追う途中の子どもにあいさつをさよならみたいな青いハローを
 落ちている海かと思うあおむけの君がまぶたをひらいた瞳
 抱きあげるするとわたしも何者かに抱きあげられていることを知る
 夕焼けがより濃い席で答えなき答え合わせを待つ女の子
 この鍵はどこのドアにも合わないが永久があるから失くしたくない
 全校の運動会に人が消えひとりで踊るオクラホマミキサー

五首目の「永久」は「とわ」と読むのだろう。


さて、おまけとして。
ちょっと前に野樹さんから『短歌両吟第7集 カイエ』をいただいていたので、その中から、両吟の文脈無視で、蝦名さんの歌をいくつか紹介したい。

 捨てられたヴィオラのf字孔からも白詰草の芽は出でにけり
 大陸に灯りがひとつ見えているだれか地球に残されている
 一人して見た朝焼けと二人して見る夕焼けをつなぐ鈍行
 おもちゃ箱の好きなおもちゃを探せない大きな箱ではないのだけどな
 正確な時計さがしてさまよって毎回おなじ海にまみえる
 動物に言葉を与えないでくれ嘘ばかりつくようになるから
 杖の先で大地のドアを叩くけど大地の主は不在がつづく

(池田康)


追記
『ニューヨークの唇』の第一部「ニューヨークの唇」から、帯掲載の歌以外に15首ほど紹介する。

 やさしさの陽はふりそそぐ青空をくちうつしにて運ぶわれらに
 共作の未完の空に足したきははるか遠くで呼ぶ波の音
 放たれて行く場所がある手品鳩ついに帰らぬ一羽の男
 はね橋の近くの画家は待っている見えないものが渡りきるのを
 世界中のだれもがわすれているようなちいさなことをおぼえている子
 桟橋は廃墟となりて数本の杭がかたむきぼくを待っている
 かなしみにほほえむべけれいちい樹をチェスの駒へと彫りあげる秋
 鐘の音の疲れてとどく半球に戦争がまだ生きている午
 祖父が生前手帳に大事にはさみしは劇団員の募集広告
 手をつなぐうべなうように道があるひびわれながらつづく大地に
 百匹の群を離れた一匹の羊の上に浮くツェッペリン
 この丘に立てば廃墟となるまでの一瞬は見ゆあきつは流れ
 戦争がはじまるらしい 食堂で一マルク差のランチに迷う
 被曝死者カウントされずふえてゆくゼロという名にまたゼロを足せ
 知らぬ間に春の女神が駆け抜けてその足跡にすみれ咲きたり

posted by 洪水HQ at 18:08| 日記

2023年06月17日

みらいらん12号

表紙002.jpgみらいらん12号が完成した。特集は「映画は夢に溶ける」。なぜ映画の特集をやろうという気になったかといえば、本誌レギュラー執筆陣に映画に詳しい望月苑巳・愛敬浩一・玉城入野の三氏がいたので、それなら是非、という事の次第で、特集の座談会もこの三人にやっていただいた(「映画と名乗る夢は暗闇でうたう」)。映画の世界全体と対象が大きいので議論が適切な道を行っているのかどうか心許なかったが、テキストを起こしてみると、不思議にもなんとかまとまっていて、安心した。
それから、吉増剛造さんを主人公にした映画「幻を見るひと」(2018)のエグゼクティブ・プロデューサーをつとめた城戸朱理さんに映画制作の実際についてお話を聞いたインタビュー「詩人は映画の沈黙に語りかける」(映画は沈黙が大事という論が新鮮)、新作映画「渇水」の八覚正大さんによる特別レビューがある。「渇水」の原作は河林満(2008年没)の小説で、河林さんには生前すこし交わりがあったので、彼の作家仲間だった八覚さんに執筆をお願いした次第。八覚さんによる繊細な読み解きをぜひお読みいただきたい。
そして中本道代・宗近真一郎・蜂飼耳・柴田千晶・広瀬大志・伊武トーマ・たなかあきみつ・高橋馨・菊井崇史・二条千河といった方々の論考や詩、さらにアンケートでは作曲家の池辺晋一郎さん、新実徳英さんにもご参加いただくことが叶った。
巻頭詩は吉田博哉・中原道夫・大仗真昼・酒見直子の各氏、俳句は山西雅子さん、短歌は長瀬和美さん。
この号から野村喜和夫さんの連載詩「アンチモンな生、遠い生 ──わが元素手帖から(1)」が始まり、その第一回の記念として巻頭トップにもってきた。
もう一つお知らせとして、この号から扉を高橋馨さんの線画で飾る。これもお楽しみいただければ幸いだ。
表紙のオブジェは國峰照子作品「断奏」(上)、「4分33秒」(下)。
その他詳しい内容については下記のリンクからご覧下さい。
http://www.kozui.net/mln12.html
(池田康)
posted by 洪水HQ at 13:53| 日記

2023年06月01日

近況いくつか

「みらいらん」12号の編集を終えて印刷所に入れることができた。いつもよりやや早めだが、これは新作映画を紹介していて、その公開中に雑誌が出るようにするため。ちなみにこの号は映画特集「映画は夢に溶ける」を組んでいる。
先日、野村喜和夫対談集『ディアロゴスの12の楕円』の内輪の小祝賀会があったのだが、8人前後という規模の集まりで楽しく酒杯を交わすのは(私はちょっとしか飲めないが)久し振りで、人との交わりを欠いたここのところの月日の鬱屈が少し晴れた気がした。
昨年の夏は百合に狂っていた(近所の高砂百合を探訪していた)が、最近家の近所で鉄砲百合(この種類はこの季節なのか…)がみごとに華やかに咲いている姿に出会い、百合熱が再燃したような感じ。よその土地にも探しにいこうかと夢想している。
(池田康)
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2023年05月02日

詩素14号

siso14cover.jpgsiso14cover2.jpg












詩素14号が完成した。
今回の参加者は、海埜今日子、大仗真昼、大橋英人、小島きみ子、坂多瑩子、酒見直子、沢聖子、菅井敏文、大家正志、高田真、たなかあきみつ、七まどか、南原充士、新延拳、二条千河、野田新五、肌勢とみ子、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと、小生。肌勢さんは新参加。
ゲスト〈まれびと〉は、秋元炯さん。
巻頭は、坂多瑩子「空」、海埜今日子「粉の中の風景」、二条千河「業火」。
表紙の詩句は、マラルメの「蒼穹」の最後の2連。
裏表紙の絵は野田新五さん作。
ぜひご覧下さい。
(池田康)
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2023年04月17日

野村喜和夫対談集『ディアロゴスの12の楕円』

ディアロゴスの12の楕円カバー画像.jpg野村喜和夫の対談集『ディアロゴスの12の楕円』が完成した。「みらいらん」に連載した対談を中心に、「現代詩手帖」掲載の3本も収録している。対談相手は小林康夫、杉本徹、北川健次、篠田昌伸、石田尚志、有働薫、福田拓也、阿部日奈子、江田浩司、広瀬大志、カニエ・ナハのみなさん。A5判、280頁。定価税込2420円。
この本は最初〈詩人の遠征〉シリーズに入れることを考えたのだが、188×120ミリのこのシリーズの判型で組むと頁数がとんでもなくかさばるので、このシリーズの番外シリーズ〈extra trek〉の1巻として、A5判で制作した。〈trek〉は巻頭に置かれた詩篇「(ダウラギリ・サーキット・トレッキングのように……)」に由来している。
装丁は巌谷純介氏にお願いしたが、カバーデザインの二つの楕円の中の野村さんの横顔の写真は、カニエ・ナハさんとの対談の写真撮影の折についでに撮ったもので、装丁の素材として渡したものの、こんな形になるとは驚き。
楕円形は本書のタイトルから来ていると思われるが、なぜ楕円なのか、「あとがき」からそれに関連する部分を引用紹介しよう。
「「みらいらん」連載の対談は、東京世田谷のわがカフェ「エル・スール」で行われた。コロナ以前には公開形式であったと記憶する。カフェにはアンティークな趣の長楕円形のテーブルがあり、私たちはそのテーブルを囲んで語り合ったが、考えてみれば、二つの中心をもつ楕円は、まさにディアロゴス(対話)のあり方を図形的に象徴するようなところがあろう。タイトルに楕円という語を入れたゆえんである。」
また、カバーの袖には次のような紹介文を置いた。
「詩人・野村喜和夫が哲学者、美術家、作曲家、そして仲間の詩人たちと交わす12の対話篇(ディアロゴス)。二つの中心の力学作用が描く図形はあるいは文学の常識の底を破り、あるはジャンルの垣根を越えて遊行、生の声のぶつかり合う緊張と波乱を勢いにして唯一無二の思考の現場を創造するだろう。」
扱われるテーマの幅広さをおわかりいただくために、目次の並びを下に再現してみる。ちょっと読んでみたいと感じていただければありがたい。

【@ 野村喜和夫の詩と詩論をめぐって】
vs小林康夫 閾を超えていく彷徨 詩と哲学のあいだ
vs杉本 徹 言の葉のそよぎの生起する場所へ

【A 異分野アーティストを迎えて】
vs北川健次 共有する記憶の原郷に響かせる
vs篠田昌伸 〈詩と音楽のあいだ〉をめぐって ゲスト=四元康祐
vs石田尚志 書くこと、描くこと、映すこと

【B 詩歌道行】
vs有働 薫 現代フランス詩の地図を求めて
vs福田拓也 『安藤元雄詩集集成』をめぐって 特別発言=安藤元雄
vs阿部日奈子 未知への痕跡 読む行為が書く行為に変わる瞬間
vs江田浩司 危機と再生 詩歌はいつも非常事態だ
vs広瀬大志 恐怖と愉楽の回転扉
vs杉本 徹 ポエジーのはじめに散歩ありき
vsカニエ・ナハ 二十一世紀日本語詩の可能性

コロナウイルス感染が始まってからは無理になったが、「みらいらん」の対談はイベントとして聴衆をカフェに招き入れて開催していた。そのときの熱気がなつかしい。
(池田康)
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2023年04月16日

流離の意志

今、シルヴィア・ビーチ『シェイクスピア・アンド・カンパニー書店』(中山末喜訳、河出文庫)を読んでいる。20世紀初頭のパリに誕生した本屋で、ジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』を刊行したことで名高い。アメリカ人のシルヴィア・ビーチはその店主で、この本は紛れもない本人の回想録ということになる(1959年刊行とのこと)。店は店主の英米文学紹介の志ともてなし力もあり当時の文学者や文学愛好者の“ハブ”のような存在になる。書かれている様々なエピソードの中で、やはりジョイスの『ユリシーズ』の刊行を目指す艱難辛苦が一番の見所だろう。アメリカ、イギリスで禁書扱いになり、出版しようという版元はなく、印刷所も処罰を恐れて印刷を引き受けたがらない。そこでパリの小さな本屋が出す決意をしたわけだが、その途轍もない苦労には読んでいて頭が下がる。そしてここに描かれるジョイスの姿には自らを母国から(世間の良識から)追放した流離の気配が濃厚で、強く印象に残る。
さて昨日は吉増剛造さんの詩と音楽と映像のリサイタル「剛造とマリリアの映画小屋 DOMUS × 大友良英」が恵比寿の現代アート書店NADiff a/p/a/r/tで開催された。この店、名前は知っていた(以前「洪水」誌を扱っていただいたこともある)が、訪れるのは初めてで、駅からは近いのだが、裏道から更に街区の内奥へ入っていったところにあり、ちょっとした秘境の雰囲気がある。このような催しを開催するというのはやはり“ハブ”たらんとする思いがあるのだろうか。店の奥にステージのスペースを作り、観客席は30ほど。非常に背の高いスピーカーがステージの左右に二本立っていて、これが威力を発揮することになる。今回の催しは詩集『Voix(ヴォワ)』が西脇順三郎賞を受賞したのを祝ってという趣旨だった。まず伴侶のマリリアさんが歌を数曲。エレジー風、サイケデリック調、ロックチューン様などいろんなタイプの歌が奏されたが、哲学的自問を核にくるんだ、長くやわらかく叫ぶような歌唱は独特で、夢の空間の中で歌が身を自転させているような魔力があった。後半は吉増さんとノイズ音楽の泰斗大友良英氏(ギターとパーカッション)の共演で、詩と音楽がぶつかった。吉増氏の詩朗読はこれまで映像も含めて何度か聴いているが、ここまで激した「声」はかつてないことだった。音楽と共演すると詩の朗誦はこんなにもエキサイトするものなのか。白石かずこさんがサックスやトランペットのジャズプレーヤーと共演した朗読を思い出すし、フリージャズのセッションに近いとも考えられるが、それよりも更に過激な感じがしたのは、ジャンル的常識、予定調和の落としどころを持たず、なにか底の抜けているような土俵の例外性があるからだろうか。双方の表現が刺戟しあってうねりの山を大きくするということもあるのだろう。両人ともジャンルの中心のオーソドキシーを離れ辺境を冒険する“流離”の意志を抱いており、それが共鳴しているとも見えた。そしてサウンドシステムの力強さがこの共演の音響をさらに迫力あるものにしていた(ライブハウスで激しいロック音楽を聴くのと同じくらいの音の破壊力…)。映像=鈴木余位。
(池田康)

追記
林浩平さんのレポート:

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2023年04月11日

催しなど

年明けからこの方、単行本の制作が重なり、相当に忙しい思いをした。それも、もう一息で完了というところまで来ている。ご案内をいただいた催しで、行きたいと思いながら行けなかったものもいくつかある。
今は次のような情報をいただいている。
吉増剛造さんのイベント:
http://www.nadiff.com/?p=30209
古居みずえさんの新作ドキュメンタリー映画:
http://iitate-bekoya.com/
こちらは主な上映期間が過ぎてしまっているようで、紹介が遅くて申し訳ないが、またどこかでやるだろう。
私も見に行く気持ちはあったのだが、上映時間180分と書いてあったので、長い!と怯んで二の足を踏み、そのせいで見逃した。
みらいらん次号は「映画は夢に溶ける」という特集を予定していて、座談会を収録するなどすでにかなり進めている。
(池田康)
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2023年04月07日

自然で明るい異端

昨日、Ayuoさんのコンサート「色を塗られた鳥、時空を舞う」を杉並公会堂小ホールで聴いた。曲目は、足立智美作曲「蝶が猿とあくびする(パーヴェル・ハースに倣って)」、中村明一作曲「月白」、Ayuo作曲の組曲「色を塗られた鳥、時空を舞う」の3曲。
「蝶が猿とあくびする」はパーカッションと弦楽四重奏が軽快に音を刻む(合わせるのが大変そう)第一楽章と、歌声が語りの要素を残したユニークな形を描く第二楽章とからなる。ここで終わるのか、もう一つ二つ楽章があってもよいのにという気もした。
「月白」は尺八と弦楽四重奏の曲。最初は現代音楽ハードコアといったかんじで油汗が出かかり、次のパートでは柔らかでなごやかな弦楽合奏、その次のパートでは尺八が本来の強い響きを発し……といったかんじで展開していく。中村氏がこれを作曲したのかと、そのことに恐れ入った。
「色を塗られた鳥、時空を舞う」は一時間にもわたる大曲で、ある程度物語に沿った音楽の展開になっているようだ。映画「異端の鳥」(2019、バーツラフ・マルホウル)からモチーフをもらってきているということで、この映画については、弊社刊の高橋馨詩集『それゆく日々よ』収録のエッセイで論じられていたので知っていて、映画そのものも見ている。東欧と思しき場所での一人の少年の過酷な運命を描き、Painted bird=異端者の苦難を見つめる。この作品を取り上げたのは、Ayuo氏自身がアメリカでも日本でもマイノリティの側にいると感じているからなのかもしれない。
Ayuoさんの音楽の特徴は、私が受ける印象では、自然で明るい、ということだろうか。奇をてらったり小賢しくこしらえたり無理をするかんじがなく、おおらかに素直に音が運ばれてゆく、その心地よさが根本のところにあり、その上で、ところどころでアナーキーにカオス的に音が飛び交いぶつかり合う場面が出てきて虚をつかれたりする、その効果もある。天性の素心の明るさについては、特に最終楽章の全員での合奏が曲全体をまとめるためもあってか、あたかもハ長調の基本和音を最終的に志向しているかのような健やかな明るさに満ちていて多幸感があった。非常に惹きつけられたのは、ピアノ(高橋アキ)とパーカッション(立岩潤三)と撥弦楽器(チターのような楽器とギター、Ayuo)の三重奏がアラベスク模様のような風変わりな楽想を奏でつづける楽章で、ピアノと他の楽器との距離がかなり離れていたのでさらに不思議な感じが増し、なんだこれはと耳をそばだてたことだった。この大曲を構想・実現し、歌も担当して大活躍だったAyuo氏の気合いに驚嘆した夜であった。
(池田康)

追記
「色を塗られた鳥、時空を舞う」の音楽の作り方について、Ayuo氏から詳しいご教示をもらった。
私の軽率でテキトーな評言が読者をミスリードするといけないので、氏の説明を下に引用しておきます。

「Ayuoは調性音楽を書いていなく、中世ヨーロッパの協会モードで作曲しています。それも音楽が先行しているのではなく、英語の言葉のリズムとサウンドが音のベースになっています。ピアノ、アコーディオン、ギターは和音を弾いているのではなく、白鍵盤のクラスターを弾いています。白鍵盤のクラスターと低音の持続音が上と下で動いているのです。ギターもF,G,D,G,C,Dという変則チューニングにして、FとGの単音やCとDの単音がぶつかるようにしています。こうした作りは、日本のポップスにはありません。
最後の曲、Appearancesは調性音楽に耳には聴こえるかもしれませんが、Gから始まるミクソリディア・モードで、持続音がGの単音と5度上のD、それにFの単音と5度上のCが交互に動いています。リズムは5/4、8/4、4/4と変わって行きます。これは英語の言葉のリズムが、そのような拍子に自然にはまるからです。8分音符で3,3,2で歌う部分に3連音符が重なったりします。」
posted by 洪水HQ at 12:21| 日記

2023年03月21日

たなかあきみつ詩集『境目、越境』

表紙画像2.jpgたなかあきみつさんの詩集『境目、越境』が完成した。並製120頁、判型は変則的な198×128ミリ。定価税込1870円。
みらいらん11号(火竹破竹)でたなかさんの詩の特徴を「この詩人の詩法はイメージの百叉路を奇妙なリズムで編み上げるシュルレアリスム亜種であり……」と書き、この本の裏表紙の紹介文には「奇韻の前衛の探求者たなかあきみつによるイメージとリズムの錯綜が行方しらぬ未踏のラビリンスをつくりあげる28篇。」と記したが、まさにそのような作品が並ぶ。タイトル作と言える2篇の「境目、あるいは越境」は大病を患い緊急入院して死を覗き見たときの経験を書き留めたもの。さらには伴侶との死別をうたった重要作品もあり、前衛的な書き方の背後に生の重さをひそませている。
造本は洋書ペーパーバックのテイストを目指した、カバーも帯も見返しもない簡素なもの。この造りの本を〈RAFTCRAFT〉のサブレーベルで出すことにした。「RAFT」は筏、「CRAFT」は細工とか工芸とかの意味があり、また、船、飛行船、宇宙船の意味もあるので、「いかだ飛行船」の意味とするのも面白いかと。これは詩誌「虚の筏」からの発想。
表紙はリトアニアの画家スタシス・エイドゥリゲヴィチウスの作品「King Ubu」が飾っている。これはアルフレッド・ジャリの戯曲「ユビュ王」のこと。
さて収録作からなにか一篇紹介したいが、裏表紙には「空の灰青へ」の一部を載せたが、ここでは「(ウナギのうしろ影は)」を引用しよう。他の作品と比べて重要性はどちらかというと低そうだが、たなかさんの詩法が純粋かつ柔軟に、微量のおかしみとともに、わりと辿りやすい形で繰り出されていると思われるので。

 ウナギのうしろ影はもっぱら
 鰓蓋もどきのレンズどうしだとしてもレアル
 しどろもどろにメビウスの蝶結びが切断されて
 その血がばしゃばしゃ滲む《レアル》の岸辺で

 いつも掴み損ねていた
 ウナギの行方については
 Alzheimer氏の記憶の遠い声はまったく言及しない
 ウナギを追う眼光のカンテラの火影にも

 ウナギの肉の動線はのたうちまわる鞭
 いわば眇で撫で肩でやみくもに
 夏の嗄れ声が回廊に与する、それとも
 その頭頂部でもっと暗い稲妻はぎざぎざ弾けよ

 ウナギののたうち、すなわちグイッツォの
 ぬるぬるした質感についても放火の
 記憶の消失が実景の焼失と折りかさなれば
 ウナギの棲む川の水嵩はますます空荷になるだろう

 ウナギの陽炎に最接近する《無題》という名の苛烈な水域
 ウナギの流木、すなわち後年の旅路の友・鰻煎餅とて
 脳裡の黄緑の沼地を蛇行するウナギ切手の図柄
 流木の残水は無観客の頭部に刺さる折れ釘になる

 やや細身の生物の元高校教師の脳内で
 またもや健在の溶けない《氷の塔》の方位がずれる、
 あるいはマンディアルグ氷河の火花散るアヴェマリアよ
 シューベルトの喉の冬の《迷子石》のころがり係数はウナギのぼりだ

(池田康)
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2023年03月12日

悲歌と歓喜の歌と

作曲家・新実徳英さんの新作が初演されるとの案内を受け、昨日、「第9回被災地復興支援チャリティ・コンサート」をミューザ川崎シンフォニーホールに聴きに行った。秋山和慶指揮、洗足学園ニューフィルハーモニック管弦楽団。メインのプログラムはベートーヴェンの交響曲9番。東日本大震災発生の3月11日午後2時46分に黙祷をしてから演奏会が始まる。
新実徳英「交響組曲〈生命のうた〉」はオーケストラと合唱を組み合わせた堂々とした大きな曲だった。トルコの詩人ナーズム・ヒクメットの詩を音楽化した、5章からなる作品。委嘱の時点でこのコンサートが大前提だったので、あらかじめベートーヴェンの第九とうまくつながるように考えて作曲を進めたとのこと。それでオーケストラに合唱も使うという贅沢な特別編成になったのだ。とくに第4章の「死んだ女の子」がよかった。オーケストラ曲としてはきわめて音の動きの少ない寂とした景の構成のうちに悲痛さがみなぎる。この詩は広島の原爆被害から発想されたものという。そして「これは大発明だ!」と感じた。つまり、ベートーヴェンの第九は第4楽章の歓喜の歌を最大の特徴とするが、その前に演奏される曲として、20世紀・21世紀の悲劇を嘆き悲しむ悲歌(エレジー)をもってくるというのは、非常な対称の妙があり、効果絶大なのだ。この新曲は演奏時間が40分もあり、第九の前に置くのは正直長すぎるから、この「死んだ女の子」を中心として15〜20分くらいの曲を編集・作曲し直すのもよいような気がする。
そして、メインの第九も迫力があった。オーケストラというものはベートーヴェンの交響曲のうたい方をよく心得ているものなのだろう。第4楽章の中程のテノールの見せ場があって、コーラス全体が歓喜のメロディをうたい、そのあと、男声合唱と女声合唱とを交互に使って巧みに劇的に組み立てるあたり、とりわけ立派で、この大作曲家の卓越した腕前にあらためて目を見張った。
(池田康)
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2023年03月06日

フェルドマンの聴き方

ピアニスト・井上郷子のリサイタルを聴く。3月5日夜、東京オペラシティ・リサイタルホール。プログラムは三人の作曲家、モートン・フェルドマン、伊藤祐二、リンダ・カトリン・スミスの作品からなる。いずれもピアノという楽器を比較的シンプルに使っていて、名人芸や超絶技巧は出てこないという点で共通している。
フェルドマンの音楽はわかるかわからないかで言うと憚りながら「わからない」部類に入るが、彼のあやうい音楽思考が感じられればとりあえず良いのだろう。音の横のつながりが旋律を成したり明瞭な楽想の魅惑を形成したりしてはおらず、むしろ淡々とした音の無作為の生成と消滅以外の何ものでもないとも言え、音の粒が天から降ってくるのを茫然と見守る感じだろうか。滝に打たれて洗礼されているような、という比喩的表現も当たっているかもしれない。ただし激しい滝ではなく、ごくごく楚々とした神秘の滝なのだが。今回最後に演奏された「ペレ・ド・マリ」のようなフェルドマンの長い曲はむしろ家で仕事をしながら「そば耳」で半意識の外れのところで聴くのがよいようにも思う。だからコンサート会場でも暗くせずに昼のように照明をつけて、皆さんなにか読みながら聴いて下さいという形でやってみるのも音楽のあり方として面白いのではないか。
伊藤祐二「偽りなき心 II」もとてもベーシックなところで音楽を組み立てようとしていて、固唾を呑むのだが、謎めいた和音や、和音とも言えなさそうな音の塊も出てきて、この曲はもとは木管五重奏だったというから、そのときにどんな響きをなしていたのだろうと想像でそわそわした。
スミス作品(2曲)は、華やかな響きと認知しやすい音型、陶酔的反復などを特性として有していて、リスナーフレンドリーの愛想の良さがあるからピアニストも心安らかに弾くことができたのではないか。後半に演奏された「潮だまり」は委嘱作品で世界初演、コンサートの点睛的演目になっていた。
(池田康)
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2023年03月02日

望月苑巳『スクリーンの万華鏡』

カバー画像S.jpg望月苑巳著『スクリーンの万華鏡』(燈台ライブラリ5)が完成した。サブタイトル=「映画が10倍楽しくなる秘話の栞」。新書判320ページ、税込1650円。著者が夕刊フジに書いた映画エッセイがもとになっている。記者として長年映画に接してきた人間ならではの愛情とざっくばらんさが特色と言えるだろう。映画評論というよりむしろガイド本で、映画製作にまつわる裏話、こぼれ話を多く紹介している点が特色となっており、読んでいるうちに映画が立体的に見えてくること請け合いだ。作品の評価については新聞記者という立場に要求される公平で広い視野に由来してか世評というものを相当に重視していると言えるが、章立てや内容構成に独自の映画観も感じられ、とくに同世代の監督たちの作品を論じた章は熱い思いがじんわりと伝わってくる。
この本の内実をお伝えするには目次をそのままここに呈示するのが一番いいと思われるので、ご覧いただきたい。

(1)さらば岩波ホール 時代を飾った名画たち
惑星ソラリス/旅芸人の記録/ルートヴィヒ/八月の鯨/宋家の三姉妹
(2)令和にみる三島由紀夫の世界
金閣寺/潮騒/憂国/美徳のよろめき/獣の戯れ
(3) これが社会派、松本清張の世界
砂の器/点と線/ゼロの焦点/わるいやつら/眼の壁
(4) SF作家小松左京が見ていた未来
復活の日/日本沈没/エスパイ/首都消失/さよならジュピター
(5) 映画でみる太平洋戦争、開戦のあの日
トラ・トラ・トラ!/パール・ハーバー/ハワイ・マレー沖海戦/1941/聯合艦隊司令長官 山本五十六
(6) 映画からみたベトナム戦争
プラトーン/フルメタル・ジャケット/ランボー/フォレスト・ガンプ 一期一会/ディア・ハンター/地獄の黙示録/7月4日に生まれて/デンジャー・クロース 極限着弾
(7) 戦慄、衝撃、リアルな実録映画事件簿
TATTOO[刺青]あり/白昼の死角/復讐するは我にあり/クライマーズ・ハイ/丑三つの村
(8) 独断と偏見による10本の傑作選
シベールの日曜日/バグダッド・カフェ/ベンヤメンタ学院/この森で、天使はバスを降りた/ブコバルに手紙は届かない/變臉―この櫂に手をそえて/サルバドル 遥かなる日々/八月のクリスマス/日の名残り/レオン
(9) 日本美女目録1〜島田陽子という女優
球形の荒野/花園の迷宮/動天/将軍 SHOGUN/犬神家の一族
(10) 日本美女目録2〜原節子
わが青春に悔なし/東京物語/青い山脈/めし/小早川家の秋
(11) 日本美女目録3〜夏目雅子
鬼龍院花子の生涯/時代屋の女房/二百三高地/瀬戸内野球少年団
(12) これが世界のミフネ伝説
酔いどれ天使/羅生門/黒部の太陽/レッド・サン/椿三十郎
(13) 不完全燃焼、松田優作のすべて
野獣死すべし/蘇える金狼/狼の紋章/探偵物語
(14) 今明かす黒澤明の映画トリビア
姿三四郎/七人の侍/天国と地獄/赤ひげ/用心棒
(15) 今よみがえる相米慎二の世界
セーラー服と機関銃/ラブホテル/魚影の群れ/台風クラブ/風花
(16) 異才 森田芳光が描き続けたもの
の・ようなもの/家族ゲーム/失楽園/武士の家計簿/阿修羅のごとく
(17) 巨匠・森谷司郎が描く日本の光と影
八甲田山/動乱/海峡/聖職の碑
(18) 藤田敏八が魅せるハードボイルドの世界
八月の濡れた砂/赤ちょうちん/スローなブギにしてくれ/ダブルベッド
(19) エロスとバイオレンスの石井隆という男
天使のはらわた 赤い眩暈/ヌードの夜/GONIN サーガ/花と蛇/死んでもいい
(20) 知って得する名画のトリビア五輪
小さな恋のメロディ/エマニエル夫人/E.T./風と共に去りぬ/愛と青春の旅だち/泥の河/スウィングガールズ/人間の証明/キッズ・リターン/アウトレイジ/その男、凶暴につき/座頭市/菊次郎の夏

映画紹介の本は固有名詞が多く出てきて校正に苦労するだろうなと予想はしていたが、作業の大変さは予想をはるかに超えた(とくに島田陽子の章は苦労したので、この本には島田陽子追悼の気持ちも少し込められている気がしている)。それだけにこうして一冊が完成して非常に嬉しい。
(池田康)
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2023年02月13日

高橋馨詩集『蔓とイグアナ』

表紙画像S.jpg高橋馨さんが詩集『蔓とイグアナ』を洪水企画から刊行した。一昨年の『それゆく日々よ』に続く作品集。A5並製96ページ、1800円+税。スナップ写真と詩を組み合わせて異次元の諧謔の対話を試みる第一部、自由線画の奔放自在な実践の成果を世に問う第二部、ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」の鋭利な読解に熱を帯びる第三部からなり、詩人・高橋馨の異才ぶりが存分に発揮されている。
第一部の様子は、冒頭の作品「記憶の階段」を読むのがいいか。街の通りを女の人?が日傘を差して歩いており、その影が道にくっきりと落ちていて印象的で、背後の建物の細い隙間に上階へと上がってゆく骨だけの階段がわずかに見えている、そんな写真に、次のような詩テキストが添えられている。

 泣き出したくなるほど
 懐かしい なのに
 どうしても 思い出せない場処がある。

写真と対話し、沈思し、からかい、戯れる、そんな雅な試みと見える。
第二部の自由線画については詩人自身の言葉を聞こう。
「自由線画は、何も描かない、無意識の悪戯描きのような手慰みである。何かに似てきたと気づいたら、物理的に抹消するのではなく、その線を生かしつつ、別のイメージとして描き続けねばならない。つまり描かれた線は抹消されない。(中略)わたしが、自由線画に求めたのは、おおらかな夢とユーモアと線の根源的な優美さと明晰さの四点である。例えば、ギリシアの壺絵のような──。」
“無意識の悪戯描き”の自由線画40点が載っており、眺めて楽しむのみ。夢なるものをある仕方で結晶させたらこのような形象になるのかもしれない。
第三部の「ダロウェイ夫人」論はとても犀利で、刺戟を受けること間違いない。
「あらゆる対象(オブジェ)・他者には、自我に対する喚起力が潜んでいる。そうした意味で、鏡である。逆にその喚起力が働かなければ、他者でもなければ鏡でもない。窓辺の老婦人が真の喚起力を発揮するためには、セプティマスの悲惨きわまりない自殺を、衝撃をもってクラリッサが受け止めなければ、老婦人の静謐なたたずまいが、他者として対象とは決してならず、自己肯定的な陶酔的なドリアン・グレイ流の肖像にしか過ぎない。老婦人とクラリッサとの間に深刻な断絶あるいは断層を想定して始めて二人の間にシンパシィーが成立するのだ。」
とか、
「ピーター・ウォルシュとは、だれであろうか、ケンジントン公園のピーター・パン、すなわちポエジーの化身なのだ。」
とか、ドキリとさせられることがたくさん書かれていて、非常に重みのある評論となっている。
ぜひ時間をかけて丹念にご覧いただきたい。
(池田康)
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2023年02月02日

野村家の三冊

昨秋は野村喜和夫・眞里子さん夫妻にとって非常に稔り豊かだったようだ。
喜和夫氏は詩集『美しい人生』(港の人)と評論集『シュルレアリスムへの旅』(水声社)を、そして眞里子さんはエッセイ集『アンダルシア夢うつつ』(白水社)を上梓した。秋なのに満開の春を謳歌している!?
『アンダルシア夢うつつ』は「南に着くと、そこにはフラメンコがあった」という副題がついている通り、フラメンコダンサーの著者がフラメンコについて、そしてスペインの生活・文化について広い視野で細やかにつづっており、しかも読みやすく楽々とページが進む。リズム、詞、衣裳、歴史、年中行事、代表的ダンサーや奏者など語られて、フラメンコの文化としての奥行きが多角的に示され、この舞踊ジャンルへの距離が一気に縮まる感がある。しかしなによりも著者の行動力には脱帽だ。専門家としてフラメンコに関するもろもろの知識を披露するページももちろんおもしろく読めるが、本人が現地に行って、特別の人やものと出会う場面は一つ一つがスリルと冒険であり、熱量が著しく高まり、本書の一番の読みどころと言えるだろう。
野村喜和夫詩集『美しい人生』は、書名も驚きだが、この詩人にしては例外的に素直でストレートな書きぶりの作品が多く収録されていて、仰天した。前半の3章「美しい人生」「場面集」「伝説集」がとくにその傾向がある。焼きつけられる思いがしたのが、第一章IX「(たとえいま街々が──)」の中の次のくだり。

 きょうも私は私自身を覗き込む
 その真ん中の
 心と呼ばれるもの
 さらに真ん中のあたりで
 独楽のように静かに回転している美しいあれを
 なんと呼べばいいのだろう
 簡単には言葉にできないけれど
 それでも言葉にしたい
 生きる力そのもののような
 美しいあれを

『シュルレアリスムへの旅』については「みらいらん」11号で紹介したのでここでは省く。これらの充実した本は、コロナウイルス騒動の三年をくぐったからこそ生まれた、という面もあるのかもしれない。ちなみにこの春には、喜和夫氏の対談集『ディアロゴスの12の楕円』が洪水企画から刊行の予定となっている。
(池田康)

追記
野村喜和夫さんの『美しい人生』は第4回大岡信賞を受賞したとのこと、おめでとうございます。
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2023年01月21日

作曲家エンニオ・モリコーネの仕事

いま、仕事やらなにやらでやたら立て込んでいるのだが、その間隙を縫って、映画「モリコーネ 映画が恋した音楽家」(ジュゼッペ・トルナトーレ)を見た。映画音楽で活躍したイタリアの作曲家エンニオ・モリコーネのドキュメンタリー。このジャンルの映画は鑑賞者を限定しそうだ。しかし映画・ドラマに関心がある人はぜひ見るべきだし、音楽が好きな人も二十世紀の音楽の動向を確かめるために見逃してはいけないだろう。とすると、ほぼすべての人に勧められる映画ということになる!? モリコーネが参加した代表的な作品の音楽のサワリが彼の解説に伴われて次々と奏され、魔法のようにこちらの耳に踊りこんできて魅惑し、音楽のインスピレーションが裸形で立ち現れる、その驚異。今月見るべき最重要の一本。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 11:00| 日記

2023年01月17日

壁画12号&その他のお知らせ

個人誌「壁画」12号をつくりましたので、次のリンクからご覧下さい。
http://www.kozui.net/artnote/hekiga/hekiga12.pdf

その他の情報、お知らせなど。
杉本徹さんから連絡をいただいたのだが、慶応義塾大学アートセンター(三田キャンパス)で、「西脇順三郎没後40年記念 フローラの旅展」が始まっているようだ。3月17日まで。西脇が野の草木を愛したことを巡る展示のよう。土日祝日は休館。
それから、阿部弘一さんが逝去されたとのこと。ご遺族の方からご連絡をいただいた。お会いしたことはなかったように思うが、弊社の雑誌に何度かご寄稿いただいている。ご冥福をお祈りいたします。
(池田康)
posted by 洪水HQ at 17:59| 日記