愛敬浩一さんの草森紳一論の第三弾『草森紳一は橋を渡る』が完成した。サブタイトルは「分別と無分別と、もしくは、詩と散文と」。〈詩人の遠征〉シリーズの第15巻で、212ページ、税込1980円。袖の案内文は愛敬さん自身がまとめたもので、
「草森紳一の絶筆≠ニも言うべき連載「ベーコンの永代橋」では、死の間際までマンガ『スラムダンク』読み続け、その意志的な「雑文」のスタイル≠ェ天上の高みへとのぼりつめる。二〇〇八年三月十九日、永代橋近くの、門前仲町のマンションにおいて、草森紳一が七十歳で亡くなってから、十三忌も過ぎた。本書は『草森紳一の問い』、『草森紳一「以後」を歩く』に続くシリーズの第3弾。未刊の連載原稿(副島種臣論など)は、今後どうなるのか。慶応義塾大学中国文学科卒業後、ごく短い編集者生活を経て、様々なジャンルの文章を書き続け、毎日出版文化賞を受賞した『江戸のデザイン』の他、草森紳一の専著は六十四冊(増補版や復刊も含む)、対談本が一冊、共著が一冊。改めて、若き日の『ナンセンスの練習』の重要性に思い至る。」
となっている。
「橋を渡る」とは草森紳一の連想の働き方、思考の歩み方をシンボリックに表現したもので、ことに一つの現実存在「永代橋」は草森自身の生活拠点であり重要とされる。
絶筆の連載「ベーコンの永代橋」を読み込んで草森の雑文スタイルの意味を考える第一部が本書のメインとなると言える。草森論三冊目にして愛敬さんの思考は問題の本丸に最接近したかのようだ。草森紳一晩年の風呂敷を縦横に広げる文筆スタイルをこの時代の批評のもっとも可能性を孕んだあり方の一つとして、愛敬さんは評価しようとしているのではないか、そんな気がする。
第二部では、ドラマ『妻は、くノ一』を出発点とする松浦静山論、小説集『鳩を喰う少女』の「橋」的な眼目、『歳三の写真』の写真術創成期と土方歳三の生涯との交点の考察、対談集『アトムと寅さん』に見る草森の映画観、といった事柄が論じられる。
草森紳一の見えにくい本領にさらに一歩近づく一冊と言えるだろう。
(池田康)

蝦名泰洋歌集『ニューヨークの唇』(書肆侃侃房)が刊行された。四六判、192ページ、2000円+税。編者=野樹かずみ。メインパートである第一部「ニューヨークの唇」のほかに、第一歌集「イーハトーブ喪失」の再録、野樹かずみとの両吟からの抄「カムパネルラ」を含む。
みらいらん12号が完成した。特集は「映画は夢に溶ける」。なぜ映画の特集をやろうという気になったかといえば、本誌レギュラー執筆陣に映画に詳しい望月苑巳・愛敬浩一・玉城入野の三氏がいたので、それなら是非、という事の次第で、特集の座談会もこの三人にやっていただいた(「映画と名乗る夢は暗闇でうたう」)。映画の世界全体と対象が大きいので議論が適切な道を行っているのかどうか心許なかったが、テキストを起こしてみると、不思議にもなんとかまとまっていて、安心した。

野村喜和夫の対談集『ディアロゴスの12の楕円』が完成した。「みらいらん」に連載した対談を中心に、「現代詩手帖」掲載の3本も収録している。対談相手は小林康夫、杉本徹、北川健次、篠田昌伸、石田尚志、有働薫、福田拓也、阿部日奈子、江田浩司、広瀬大志、カニエ・ナハのみなさん。A5判、280頁。定価税込2420円。
たなかあきみつさんの詩集『境目、越境』が完成した。並製120頁、判型は変則的な198×128ミリ。定価税込1870円。
望月苑巳著『スクリーンの万華鏡』(燈台ライブラリ5)が完成した。サブタイトル=「映画が10倍楽しくなる秘話の栞」。新書判320ページ、税込1650円。著者が夕刊フジに書いた映画エッセイがもとになっている。記者として長年映画に接してきた人間ならではの愛情とざっくばらんさが特色と言えるだろう。映画評論というよりむしろガイド本で、映画製作にまつわる裏話、こぼれ話を多く紹介している点が特色となっており、読んでいるうちに映画が立体的に見えてくること請け合いだ。作品の評価については新聞記者という立場に要求される公平で広い視野に由来してか世評というものを相当に重視していると言えるが、章立てや内容構成に独自の映画観も感じられ、とくに同世代の監督たちの作品を論じた章は熱い思いがじんわりと伝わってくる。
高橋馨さんが詩集『蔓とイグアナ』を洪水企画から刊行した。一昨年の『それゆく日々よ』に続く作品集。A5並製96ページ、1800円+税。スナップ写真と詩を組み合わせて異次元の諧謔の対話を試みる第一部、自由線画の奔放自在な実践の成果を世に問う第二部、ヴァージニア・ウルフ「ダロウェイ夫人」の鋭利な読解に熱を帯びる第三部からなり、詩人・高橋馨の異才ぶりが存分に発揮されている。