2017年10月07日

対談イベント 野村喜和夫×篠田昌伸

地面にどんぐりが転がる季節となりましたがみなさまご健勝でおすごしでしょうか。さて先日予告しました対談企画の詳細を告知いたします。お気軽にご参加いただければ幸いです。

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洪水企画&エルスール財団共同企画トークイベント
野村喜和夫とアーティストたち@
野村喜和夫×篠田昌伸
〈詩と音楽のあいだ〉をめぐって

野村喜和夫の『街の衣のいちまい下の虹は蛇だ』をはじめ、しばしば現代詩を作曲に取り上げる作曲家篠田昌伸氏を迎え、「詩と音楽のあいだ」をめぐって、また両者のコラボレーションの可能性について、語り合います。

日時:2017年11月4日(土曜日)
15:00〜17:00 (14:30開場)
場所:ブックカフェ「エル・スール」(詩とダンスのミュージアム内)
(世田谷区羽根木1−5−10)
入場料:2500円(+1drink order)
申し込み方法:メールまたは電話で。
エルスール財団
03−3325−5668
info@elsurfoundation.com

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(池田康)
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2017年10月06日

いよいよ激し

「エル」(ポール・バーホーベン監督)という映画が評判になっていたので秋口に観たのだが、異常な性の領域に思い切って踏み込んでいることに肝を潰すと同時に、老境の監督がこうした過激にSEX極に傾いた作品を撮った例としてスタンリー・キューブリックの「アイズ・ワイド・シャット」が思い浮かび、一つの傾向が太く存在するのだろうかと考えた。鈴木清順の「ツィゴイネルワイゼン」以下三部作も幻想的性愛の海に腰まで浸かっていて、それ以前の作品とやや違う。年を取ることで箍がうまい具合に自然に外れ、品行方正や良識なるものに頓着しなくなり、欲望の赴く果てを見てみたいと思うようになるのか。
そういえばと、読みそこねていたのを今回読んだのだが、谷崎潤一郎の激辛な「鍵」や奇矯至極の「瘋癲老人日記」もすさまじい(描き込まれている昭和三十年代前半の風俗・生活文化も面白い)。ほどよく枯れて石庭的境地に至る老境も望ましいのかもしれないが、人間精神が最後のメタモルフォシスを果して虹色に炸裂する最晩年も甚だ刺激的だ。
この春から秋にかけてテレビドラマ「やすらぎの郷」(倉本聰脚本)も世間をにぎわせたが、老いて弱るは当り前すぎて淋しいから、「老いていよいよ激し」を変り種の美徳と考えたい思いがどこかにある。親鸞もあっと驚く潤一郎浄土も二十世紀の文学的発明だ。
(池田康)
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2017年10月02日

杉中雅子歌集『ザ★カ・ゾ・ク II』

thakazoku2.jpg杉中雅子さんの第二歌集『ザ★カ・ゾ・ク II』が洪水企画から刊行された(本体1800円+税)。第一歌集『ザ★カ・ゾ・ク』の内容を引き継ぐという意味でこの命名となった。装幀デザインも色鉛筆をモチーフにしている点が共通する。
第一歌集の流れに沿い、両親、夫、子供たちと孫、祖母、伯母や叔父など家族の人々に対する様々な形の愛情が率直に歌われて短歌として結晶する──それを基軸として、そこにさらに大震災の報道や環境問題や戦争への思いが流れ込んで視野の深化をもたらしており、言葉を通じ、また短歌への愛を通じて家族が世界とつながるという、成熟した歌人の精神の境地がここにはあるように思われる。
「洪水」5号に発表された連作「異空間」が巻頭に置かれていて印象深い。

 茶臼岳にかかれる雲は波たちて吹き来る風はわが肌を刺す
 空中につり下げられし吊橋に命あずけて一歩踏み出す
 吊橋を踏みしめ渡る目交の裸木こぞりてわれにせまり来
 行き違う折しも橋の揺れに揺れ放り出される心地こそすれ
 いつまでも揺れの止まらぬ吊橋に彼岸の母の笑み浮かびくる
 足元の浮き立つ橋にわれありき対岸の滝とうとうと墜つ
 吊橋のすき間より見ゆ渓谷の流れしぶけり岩にくだけて
 橋の揺れにわが身任せる異空間に冬のむら雲張り付きいたり

日常の安穏を離れた不安な心象が映り込んでいる。
家族を詠んだものとしては、

 十二歳に父の買いくれしピアノなり居間の隅にてわれを見守る
 カステラの木箱も古りぬ折ふしに開けて読みおり母からの手紙
 「なあ〜んも、のうなったけん、できたんよ」広島復興を祖母はしみじみ

などがある。三首目は広島の被爆にからんでいてことに印象に残る。
この本はまた、洪水企画が発行だけでなく発売もする第一号の書籍となった(これまでは草場書房に発売をお願いしていた)。そのことも小社としては非常に意義深い。ちなみにISBNは978-4-909385-00-0となっている。
(池田康)
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2017年10月01日

文と音のセッション

昨日の午後、「朗読&音楽パフォーマンス 野村喜和夫×港大尋」に参加した。場所は、世田谷区の〈詩とダンスのミュージアム〉(野村さんがご自宅を改装して作った、ご夫妻の活動の記念館)。二十余名の観客。
野村さんの新詩集『デジャヴュ街道』(思潮社)発刊記念の会ということで、この中から幾篇か朗読し、ギターとパーカッションの港さん(いつもはピアノとのこと)とお仲間のギターのサワさんが音楽をつけるという形。音楽は厳密にはなにか専門的な言い方があるかもしれないが印象をひと言で言うなら、フリージャズをさらにゆったりと開放的にやった感じか。
「アピアピ街道」という詩に出てくる「アピ」とはマレーシア語で「炎の木」の意味だとか、「ウル街道」に出てくる「馬頭」にはフランス語の「バトー」つまり「舟」(ランボーの「酔いどれ舟」から連想)とも意味を重ねているとか、この詩集を読むためのヒントがいろいろと語られ興味深かった。「オルガスムス屋、かく語りき」は読む過程ではさあっと滑るように読んでしまいがちだが、朗読を聴くと(ハード・ロックのアグレシブな演奏を思わせる)情動の発露の迫力に満ちたものだった。
この詩集についてはまた改めて書きたい。
それから、これは計画がほぼ決定になっているので予告するが、来月、作曲家の篠田昌伸さんをこのミュージアムに招いて野村さんと対談をしてもらい、新雑誌「みらいらん」創刊号に収録しようということになった。お二人は野村さんの詩を篠田さんが何作か作曲しているという間柄で新たなコラボ作品の発表も数ヶ月後に控えているそう。詳細が決まったらこの対談イベントについても改めて告知いたします。
(池田康)
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2017年09月26日

佐々木幹郎著『中原中也 沈黙の音楽』

長年にわたり中原中也の研究をしている佐々木幹郎さんの最新リポートとも言えるこの本が岩波新書で出た。最重要ポイントを示すのであろうサブタイトル「沈黙の音楽」については、中也が音楽に接近しなにがしか学びながらも(具体的には諸井三郎たちが構成するスルヤという音楽集団)、彼が生涯にわたり詩に求めた“音楽”は現実の音楽とは違うものであり、その厳しい響きを「曇天」や「雪が降つてゐる……」といった作品に聴き取るよう読者は促される。中也が言葉によって探りcomposeした「無言の「歌」そのもの」、「究極の「歌」」を聴き取ることが中也の詩を読むにあたって重要となるという主張がこの一書のすべての頁に込められているのだろう。
その他、代表作「朝の歌」や「サーカス」等のきめ細かい読解や、二つの詩集の成立過程の考察、「島田清次郎ブーム」に影響された天才主義、富永太郎や小林秀雄との交友の機微など興味深い内容が並べられているが、中也研究の観点から特ダネと言うべきは、晩年に入院した千葉の精神病院で作った民謡の歌詞の発見、そして安原喜弘宛の新発見の書簡に述べられる、チェホフの中編小説「黒法師」称賛であり、後者はとくに、黒法師の蜃気楼の姿が時代を超え国を超えて至るところで出現するという物語が著者により文学作品の伝播・受容に結びつけられ、成る程と唸らされる。
もう一つ面白く感じたのは、中也がまずダダにぶつかり、次にフランス象徴詩を知り、さらにハイネの「歌」に魅せられるといった、詩史的にはどんどん遡る意識の運動の形で、詩の本源を求めるという彼の本能的とも言えそうな努力が、他の詩人には滅多に見られない、詩に豊かな音楽を内包させる独自の成果となっていったことを考えると、目覚ましいことのように思われた。
著者の佐々木さんは文章家で、生半の観念作業の生硬さにつまずくことなく、水が岩の上を流れるように滑らかに気持ちよく読み進めることができる。そこもありがたい。
(池田康)
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2017年09月19日

鎌倉のギャラリーで画家の対話

昨日、鎌倉のドゥローイング・ギャラリーで「山口啓介/加納光於 往復書簡の周辺で」展を観た。この夏に実際に交わされた往復書簡が土台にあるということで、60センチ×84センチ(つまりA1判)の大きさの新聞のようにレイアウトされた紙に二人の手紙が刷られているものを渡された。レオナルド・ダ・ヴィンチやボッティチェリのことや、源平の合戦のこと、運慶・快慶の彫刻のことなど、多彩な話題が個性的な緻密さで語られている。美術家の若林奮が「旧石器時代の洞窟壁画と自分自身がある……その間に何も必要としない……」と語ったという話は非常に印象に残った。
展示されていた作品について書くと、加納作品は「星形の」「巡り来るものの」の二つのシリーズ。色彩の諧調の深さに見とれる。作品を眺めている段階では純粋な色と形の抽象的作品と受け取っていたが(なにかあるのかもしれないと思いつつ窺い知れない)、山口氏が手紙の中で「巡り来るものの」について源平の合戦に結びつけて見ているのにちょっと驚いた。山口作品の「共存・分断する3つの顔」「山水の構造」、なにか裏に物語があるのかもしれないと想像しつつまずクエスチョンマークが浮かんだが、往復書簡中に挿画とされている異形の顔(目が6つ、鼻が4つ、口が2つある)のドローイングを見ると焦点が定まるような気がした。
会期は今月24日まで。
(池田康)
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2017年09月12日

三度目、全く正直でなく

是枝裕和監督の新作映画「三度目の殺人」を見た。その年のトップ3とかベスト5に挙げたくなるような作品を常に撮る人だなあと映画制作者としての腕前に吃驚する。
最後の最後で、弁護士(福山雅治)は殺人犯(役所広司)に一点の非常に崇高なものを見たのではないか。しかし殺人を犯した三隅という男はサイコの病いあるいは異能を有しているようでもあり、とても知的で生来の役者なのだが、自分自身の裡の虚暗を自分で理解できないでいるようにも見える。その自分を持て余すような、自己を放棄するようなところは、「幻の光」の自ら命を絶つ夫につながるものがあるかもしれない。この監督はそういう、自分の存在に積極的な価値を見出すことができない、絶望とひたと向き合ってしまった、どこか投げやりな、断崖から片足を踏み外しているような人間の姿に執着する面があるのだろうか。
被害者の娘・咲江(広瀬すず)の表情もマリアナ海溝のような重さをたたえて印象的で、ことに一瞬右半分に明るく光が当たり、左半分は暗く影になった大写しの顔はシンボリックでよかった。
(池田康)
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2017年09月01日

玉城徹全歌集

tamakitoruzenkashu.jpg『玉城徹全歌集』がいりの舎から刊行された。本体12000円。『馬の首』から『石榴が二つ』までの9冊の既刊歌集の他に未刊の「左岸だより」、長歌集『時が、みづからを』、詩集『春の氷雪』を収める。短歌は総計4400首余り。912頁。
先日、いりの舎の玉城入野さんと会って話す機会があったが、この本の編集には5年かかったとのこと。大変だったろうと想像する。
第一歌集『馬の首』から幾首か引用しよう。

 いづこにも貧しき道がよこたはり神の遊びのごとく白梅
 積みてある貨物の中より馬の首しづかに垂れぬ夕べの道は
 ひえびえと青き塗料のはげおちし貧しき空にひばりあがれり
 泥水より体をなかばあらはして鳴ける蛙か夜ふけに聞ゆ
 くらやみの襞より見ればいしみちは脆き夜空につづきてゐたり
 いやはてに海ばらよりも蒼ざめし太陽一つおらびつらむか

「後記」では「これらの作品に、わたしは、自己の刻印を示そうとしたのではなかった。抽象的思考──言葉をかえていえば、一の「美」への祈願──は、つねに、自己の抹殺の企図をふくむのである」とも記されている。
この柄の巨きな歌人に教えを受けたり親炙したりした人には大切な一冊だろう。
(池田康)
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2017年08月27日

精神の運動神経、黒田喜夫の場合

昨日は現代詩人会の総会(早稲田奉仕園スコットホール)に出掛けた。冒頭に細見和之さんの講演「60年後に読む、黒田喜夫「ハンガリヤの笑い」」があり、それから総会(会則変更について多少波乱あり)、名誉会員に推挙された安藤元雄さんの小スピーチ(……薄味でなく濃い詩を……)を聴き、懇親会では吉田義昭さんの歌もあった。
細見さんの講演は1956年10〜11月に発生したハンガリー事件に詩人の黒田喜夫がいかに即座にヴィヴィッドに反応して力強い詩を書いたかを紹介するもの。スターリンが死んでスターリン批判がなされた後になお、このような強権的なソ連の他国軍事介入が起こるという事実にはリアルな政治の(支配欲望の)実態を見る思いがするが、その意味合いに鋭敏に自分たちの運命を投影する詩人の言葉も皮肉に富み凄みを帯びている。最後の八行:

 信じてくれ
 賢い同志たち
 これは可笑しい本当に可笑しい
 ぼくは哄笑った ぼくの屍体が
 笑うほかない屍体の身震いで
 辛いチャルダッシの
 笑い声でいっぱいな
 ハンガリヤで

(池田康)
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2017年08月12日

湯浅譲二さんの米寿の会

昨日、作曲家の湯浅譲二さんの米寿を祝う会がトーキョーコンサーツ・ラボ(新宿区西早稲田)であった。前半はミニコンサートで、テナーレコーダーのための「プロジェクション」(演奏=鈴木俊哉)、天気予報所見〜バリトンとトランペットのための(橋本晋哉&松平敬)、内触覚的宇宙III〜虚空〜(三橋貴風&吉村七重)、チェロのための「Congratulation for the 70th birthday」(堤剛)の四曲。いずれも立派な(がつんと来る)演奏で、音の思いがけない配置、ユーモアの過激な導入、音楽創造の原理を求める精神、など湯浅作品を特徴づける諸面を改めて感じることができた。後半の懇親会では翌日という誕生日のお祝いもなされた。体調を崩して晩冬の頃からしばらく入院しておられた由で、しかし相当回復され、まだ本調子とまではいかないようだがしっかりと立って挨拶されていた。
「洪水」20号の特集論考で、宗教的な(スピリチュアルな)音楽というものについてあれこれと考えてみたが、「現代アートを古代アートにつなぐ」という文句を最近思いついた。たまたまラジオで「現代アート」という言葉が話され、ならば「古代アート」という言葉もありうるわけだと思いつき、やや軽い響きになるが、古代あるいは有史前の芸術衝動の源に立ち返る心のベクトルの意味で、上記のような標語とあいなったわけだ。古代アートが生成するような心意識の次元に現代アートを根づかせよ、と。湯浅さんの「内触覚的宇宙」というタイトルも、宇宙の内側から宇宙に触れるという原始の形而上学的指向が感じられ、古代アートの蘇生が幻視された。
(池田康)
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2017年08月10日

低気圧の通信

低気圧が近づくと身体の具合がおかしくなりがちと言うが、台風5号が近づき本州を襲った日、腰が痛くなった。これを低気圧のせいにするのは正しいかどうかわからないが、重い荷を持ち上げて運ぶような重労働も激しい運動もしていないから、おそらく規格外に強烈な低気圧の悪戯だろう。動くなという風神からのメッセージだったろうか。肉体にも肉体なりの神秘はあるのだ。鈍そうなこの身でも異変があったのだから、今回全国で腰痛をかこつ人は相当いたのではないだろうか。いまはもうほぼ回復した。
「洪水」20号の在庫があと60冊となった。ご入用の方は早めにご注文下さい。
(池田康)
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2017年08月07日

ガジュマルの若葉

ガジュマルの掌に乗るほどの小さな鉢を買い求めて毎日眺めている。成長がよくわからないようにも見えるのだが、よく観察するとつやつやした緑の小さい葉っぱが出ていたりする。新しい緑との出会いが嬉しい。
沖縄の若手の歌手、上間綾乃が6月に出したアルバム『タミノウタ 〜伝えたい沖縄の唄』を聴く。すぐに、これはもう真打だと感じる。もちろん大ベテランの歌手ならば、情念をいかつく厳しくこぶしに凝結して島人の生活の秘密やエニグマを表現する技をさらに強力に発揮するかもしれない。しかしこれはこれで十分に熟していて美しく表情豊かだ。「ひめゆりの唄」は初めて聴いた(必聴)。このCDを通して南の島の真言の滝に打たれる時間はこの夏の最良の納涼であり鎮魂涼となるだろう。
(池田康)
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2017年08月02日

ニュースひとつ

このたび取次の地方小出版流通センターと契約し取引していただけることになった。今までは草場書房に発売元をお願いしていたが、これで今後の刊行物に関しては洪水企画で独自のISBNをつけて発行&発売をすることができるようになる。より一層の意気込みで本を作っていきたいと思う。
ついでに最近の見聞を少し。
映画「海辺の生と死」(越川道夫監督)を観る。戦争末期の島尾敏雄・ミホ夫妻の出会いのエピソードをベースにした作品。劇場は大盛況だったがそれだけのことはあると思われる映画としての存在感だった。フィルムを流れる時間が独特で、テレビドラマではありえないような息の長い間とテンポで作られていて、質感が立ち、物語の神秘性につながっている。満島ひかりの演技を超えた噴火を観る映画。奄美の島の唄もたくさん聴ける。
フランスの女優ジャンヌ・モローが亡くなったとのこと。たまたまルイ・マルの「恋人たち」(これもストレートな恋愛映画)をDVDで観たばかりだったので、感慨一入。
(池田康)
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2017年07月29日

この夏の海

この夏はじめての海を見に近くの浜へ行った。子供連れの家族がたくさん、しかし過度に混雑するでもなく遊んでいる。小さなテントを張っている人が多いようだ。海はこの星で最も大きなモンスターであるとしても、波の音を聞いているのは心地よい。
夕方からなにか野外コンサートがあるらしく、大きな音でリハーサルのようなことをやっていた。
大磯駅は今年も燕が営巣している。雛はまだ小さいようだ。
マック(ハンバーガー屋)に入ることはあまりないのだが、夏はよく入る。マックシェイクを吸うため。できれば季節メニューが食べたいのだが、帰途に寄った店は基本メニューしかなくちょっと残念だった。
(池田康)
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2017年07月20日

真夏、銀座へ

梅雨が終わったとのことで、今日も真夏そのものの暑い日だった。
山野楽器銀座本店(3階)に「洪水」20号を納入してきた。すでに店頭に出ていると思いますので、お買い求め下さい。
山野楽器を裏口から出ると、シネスイッチという映画館があった。何度もきているが、こんなところにこんなものがあるとは知らなかった。チケット売り場に前売り券がいろいろ張り出してあり、岩波ホールで近く上映される、エミリ・ディキンスンの生涯を描いた「静かなる情熱」という作品もあった。この映画のことも知らなかった。犬も歩けば棒に当たるとはこういうことか。
それから……
神泉薫さんが7月から調布FMでレギュラー番組をもつとのことです。木曜日の夜10時45分からとのこと。聴けるエリアの方はチューニングダイヤルを合わせてみては?
「リッスンラジオ」というサイトでも聴けるそうです。
(池田康)
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2017年07月11日

あわただしい帰郷

名古屋へ行ってきた。ある方と中日詩賞の授賞式で落ち合ってある企画について打ち合わせ、という用件があったため。それを無事に済ませ、ちくさ正文館に寄って古田店長さんにも会い(「洪水」20号を置いていただけるそうです)、墓参もして、帰ってきた。帰路につく日、西日本は雨雲で覆われていたが、三河から静岡にかけては晴れていて、岡崎から豊橋の間の里山の緑や、青空と浜名湖のエメラルドグリーンとの映えがきれいだった。
中日詩賞の授賞式では野村喜和夫さんの講演があり、自らの作品「エデンホテル」の制作過程の解説がいろいろと舞台裏を明らかにしてとても面白かった。ガラリヤ湖近くの貧相なホテルを舞台とした「生の基底」に迫る作品。自作に対するささやかな疑念も話され、最後に「謎」というキーワードが示されたが、複数の疑念のつながりが作者自らも解き難い「謎」となっていくのだろうかと思われた。
帰りの電車の中では『大村雅朗の軌跡1951-1997』(梶田昌史・田渕浩久、DU BOOKS)という本を読んでいた。
(池田康)
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2017年07月06日

「洪水」20号の案内

kz20.jpg「洪水」20号が完成した。この雑誌の終幕となる最後の号だ。十年余の歴史にピリオドを打つ総まとめの特集は「歌が深淵にとよむとき」のタイトルのもと、心の深層での音楽経験をさぐるべく、インタビュー記事ではフォークシンガーの及川恒平さん(六文銭)、作曲家の伊藤弘之さんと中川俊郎さん、パーカッショニストの會田瑞樹さん、両国門天ホール支配人の黒崎八重子さんにお話をうかがい、ほかにエッセイや詩で50人もの詩人や音楽家の方々に御寄稿いただいた。音楽の見方の多面的な広がりが生まれたかと思う。
巻頭詩は、財部鳥子、葵生川玲、ぱくきょんみ、大家正志、ほしおさなえ、高梁静穂のみなさん。その他の内容についての詳細は下記ページをご覧下さい。
後継誌は「みらいらん」という誌名を予定している。未来の卵でもあり未来への乱でもあるという意味合いで。詩を中心に他の文学ジャンルや諸芸術にも視野を広げ活気のあるメディアの時空を拓くという編集方針は決めているが具体的な組み立てはこれから。半年後の創刊を計画している。
(池田康)

追記
表紙の色について疑問をもたれる方もいらっしゃるかもしれませんので説明しておきますと、デザイナー(巌谷純介氏)は別の色を指定していたのですが、製造過程のちょっとした手違いでこの色になったという次第です。結果を受け入れるということでご理解いただければ幸いです。

追記2
奥付のページに島崎藤村の「椰子の実」を掲載したが、最後の号のここになにを置こうか迷い、試しにこれを入れてみたら、なにかしっくりして出てこなくなったので、そのままにした。この作品は五七、五七、と進んで、最後は七七で終わる長歌の形で、近代以降に作られた長歌としても名作だろうと思う。

追記3
たなかあきみつさんの記事でエリック・ドルフィーの話が出てきたが、私も彼が最晩年にヨーロッパで録音したライブアルバム『LAST DATE』を聴いたことがあり、そのフルートがとてもよかったことを覚えている。
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2017年07月03日

「虚の筏」19号が完成

「虚の筏」19号が完成しましたのでご案内いたします。今回の参加者は、小島きみ子、二条千河、神泉薫、たなかあきみつ、平井達也、海埜今日子、坂多瑩子のみなさん、そして小生。下のリンクからご覧下さい。
http://www.kozui.net/soranoikada19.pdf

また「洪水」20号も完成しました。若干問題なきにしもあらずですがとりあえず完成にたどり着けて、安堵。今週中に発送を終える予定です。
(池田康)
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2017年06月26日

會田瑞樹CD『ヴィブラフォンのあるところ』

パーカッショニストの會田瑞樹さんの2枚目のCD『ヴィブラフォンのあるところ』がALM RECORDSから出た。二つの部に分れていて、「チャプター1 軌跡」に入っているのは「Billow2」(薮田翔一)、「Luci serene e chiare」(C.ジェズアルド)、「Music for Vibraphone」(渡辺俊哉)、「華麗対位法III by Marenzio」(横島浩)、「ヴァイブ・ローカス」(湯浅譲二)。そして「チャプター2 超越」には「Wolverine」(川上統)、「color song IV -anti vibrant-」(福井とも子)、「海の手III」(木下正道)、「光のヴァイブレーション」(権代敦彦)、「夢見る人」(M.マレ)が並んでいる。
ほとんどが會田さんが委嘱した新作で、技巧を駆使する華やかな曲、瞑想的な曲、特殊な奏法の曲、不思議な論理で世界を築く曲、謎めいた反復で迫ってくる曲、穏やかに小さな声でうたう曲、などなど多様性がありヴィブラフォンのさまざま面を楽しめる。演奏はもちろん高い集中力でなされており、湯浅譲二さんは「超絶技巧でも何でも美事に演奏する強者」と賞讃している。
ひとつ思ったのは、この楽器の音がきれいであり、強打しても濁ることがないから、なかなか邦楽器の「さわり」のようなノイズの音塊・破断の魅力は作りにくいかもしれないということで、いつか適当な機会があればこの面を追求していただきたいものだ。
會田さんには「洪水」次号特集にインタビューで登場してもらっているのでご期待下さい。
なお、この号ではほかに、作曲家の伊藤弘之さん、両国門天ホール支配人の黒崎八重子さんにもお話を聞いています。あと一週間ほどで完成の予定。
(池田康)
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2017年06月21日

ワークショップ風リサイタル

まったくの空梅雨でもないようで今日は本格的に雨に降り込められているが、とんでもない豪雨とかでなければ雨も悪くない。
先日、中川俊郎さんのピアノリサイタル「ピアノの窓」を、川村龍俊氏の主催するWINDS CAFEコンサートシリーズで聴いた。「ピアノのための19の展開第1集」など現代音楽の楽曲のほか、子供が弾くために書いた曲とか制作を手掛けたCMの曲など。ワークショップの感じで、メーキングを垣間見させたり、聴衆の中でピアノが弾ける人に一部弾かせたり、聴衆全員を曲の演奏に参加させたり、中川さんがあやつり仕掛ける奔放な奇想や悪戯が空気を思いがけない方向へ動かして楽しかった。2015年11月に開かれたコンサート(中川さんのピアノ協奏曲が演奏された)の招待状が配られ、タイムマシンを使えたら、ぜひ聴きに来て下さい、とも。ゆにーくな無茶を要求する作曲家だ。
場所は原宿のカーサ・モーツァルト。ここのピアノは古い型なのかちょっと変わっているようだ。WINDS CAFEは初めて参加したが、投げ銭制で、コンサートのあとで行われるオークション遊びも楽しいものだった。
近く出る「洪水」20号では中川俊郎さんにも少しだけご登場いただいているのでご期待ください。20号は編集は終わり、ほぼ予定通り7月1日前後に完成となる見込み。
(池田康)
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