いろいろ催しなどの情報が届いているので、簡単に紹介しましょう。
★吉増剛造展〈Voix〉
5月22日〜6月20日、artspace&cafe 栃木県足利市通2丁目2658(電話0284-82-9172)
月曜火曜休廊
★吉村七重ほか 箏リサイタル
6月13日14時〜、東京オペラシティリサイタルホール
★Ayuo〈2021年夢枕公演〉
6月24日19時〜、めぐろパーシモンホール 小ホール
予約 yumemakura2020@gmail.com
★吉岡孝悦作曲個展
7月17日14時〜、東京文化会館小ホール
(…生野毅さんの詞による合唱と打楽器の曲が演奏されると生野さんから案内あり…)
★南原充士さんの新しい詩集(電子版)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0965MSJZD/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i3
(池田康)
2021年06月01日
きまぐれ掲示板
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| 日記
2021年05月25日
『風の音』の記事
弊社刊の泉遥歌集『風の音』が先日、南信州新聞で紹介された。読者からも反響があったようで、著者の泉さんも喜んでおられたのだが、その記事コピーを見せてもらうと、詩歌の作品集が新聞などで批評・紹介される記事としてはあまり見られないくらいに理解深く丁寧に細心に寄り添っていて、これなら読者の心にも素直に響くだろうと感心した次第。下記リンクからご覧いただきたい。
http://www.kozui.net/image/20210509minamishinshu.jpg
(池田康)
http://www.kozui.net/image/20210509minamishinshu.jpg
(池田康)
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| 日記
2021年05月13日
映画「タクシー運転手」から考える
数年前にかなり評判になっていた韓国映画「タクシー運転手〜約束は海を越えて〜」(チャン・フン監督、2017)が先日テレビで放映されていたので、見た。1980年の光州事件を扱った作品。軍隊が学生など民衆を武力弾圧するシーン、流血と蹂躙が生々しくて恐ろしい。現在のミャンマー情勢ともダブってきて、さらに重苦しい気分になる。
水野邦彦著『韓国の社会はいかに形成されたか』(日本経済評論社、2019/水野氏はかつての学友で、この一冊は彼がめぐんでくれたもの)の光州事件を解説した章にはこうある。
「朴正煕が暗殺されたのが一九七九年一〇月二六日、その後一二月一二日にクーデターによって実権をにぎった全斗煥を中心とする陸軍士官学校一一期の軍人たちは、軍部のみならず社会の全分野を掌握した。軍部は兵営復帰の意思を表明しながらもクーデターののち翌一九八〇年五月はじめまで影響力を増大させていった。一九八〇年四月一四日には全斗煥が中央情報部長まで兼任することが公にされ、これで全斗煥が政治的野望をもっていること、軍部が強硬に権力掌握をくわだてるであろうことは、だれの目にもあきらかになった。軍部によって占拠された政権における再度の非常事態発生を憂慮した民衆勢力は、朴正煕暗殺以来しかれていた戒厳令の解除のために組織的な活動をすすめた。」
このような成りゆきの中で、首都ソウルでの衝突は回避されたのに対し、光州においてとりわけ緊張は高まり、5月18日〜27日、大規模な衝突の流血沙汰となった、ということだ。この本の知見を踏まえると、この映画が事実に基づきながらも、フィクション作品であり、話を最大限にわかりやすく感動的にするために、描かなかったり手を加えたりしている部分があることにも気づく。たとえば民衆はけっして徒手空拳ではなかったのだし、主人公の運転手がのんきに不思議そうに光州を見ているのもクーデターで全国が戒厳令下にあった状況でそんな訳はないだろうと思われるし、米国の動向も省かれている。細部ではそうした気になる点が出てくるのだが、大まかなところではどんなひどいことが起こったか、スクリーンの上で再現してみせてくれるので、「韓国社会に決定的刻印を残した」と言われる光州事件を直に目の当たりにするような思いになり、粛然とする。ここからいくらかでも良い方向に向かい立て直すのに、韓国は80年代いっぱい、つまり十年かかったもののようだ。それとも十年で回復できたのは幸運というべきなのだろうか……。
「詩素」10号巻末の雑文コーナー「端切れヴゅう」に、統治論と法秩序のことについて短い文を書いたが、その続きのような形で、きわめて原理的な次元で考えるなら、法秩序と独裁者とはしばしば敵対的であり、決していい関係にはない。一般市民レベルでは、法の番人がそれなりに仕事をしていれば法秩序は公正と治安のために力をもつのだが、権力の上部に行けば行くほど法秩序のメルトダウンの危険が現実化してくる。独裁者とは、立法と行政と司法の全部門の手綱を握っている自分は法秩序をねじ曲げることも都合のいい法を作り発効させることもできる、殺人も強奪も易々と合法的に行う権限があると考えている人間だ。マーシャル・ローをふりかざす軍政をふくむ独裁政権は結局はそういうところまで行くだろう。そこまで行かなくても、良識を持ってはいても、最高権力者というものは法をないがしろにし政を恣にしたいという誘惑にもっとも近接したところにいる存在であり、その誘惑から距離を置くのは簡単ではない。そして最高権力者が法秩序やルールをないがしろにする素振りや気配を見せると、全国民はそれを鋭敏に感じ取り、その国あるいは共同体は重苦しい空気に包まれる。
1980年5月の光州のような場所へは実は案外あっけなく行ってしまうのかもしれないと思うと、揺れていない地面がいまにも揺れ動きそうに見えてくる。
(池田康)
水野邦彦著『韓国の社会はいかに形成されたか』(日本経済評論社、2019/水野氏はかつての学友で、この一冊は彼がめぐんでくれたもの)の光州事件を解説した章にはこうある。
「朴正煕が暗殺されたのが一九七九年一〇月二六日、その後一二月一二日にクーデターによって実権をにぎった全斗煥を中心とする陸軍士官学校一一期の軍人たちは、軍部のみならず社会の全分野を掌握した。軍部は兵営復帰の意思を表明しながらもクーデターののち翌一九八〇年五月はじめまで影響力を増大させていった。一九八〇年四月一四日には全斗煥が中央情報部長まで兼任することが公にされ、これで全斗煥が政治的野望をもっていること、軍部が強硬に権力掌握をくわだてるであろうことは、だれの目にもあきらかになった。軍部によって占拠された政権における再度の非常事態発生を憂慮した民衆勢力は、朴正煕暗殺以来しかれていた戒厳令の解除のために組織的な活動をすすめた。」
このような成りゆきの中で、首都ソウルでの衝突は回避されたのに対し、光州においてとりわけ緊張は高まり、5月18日〜27日、大規模な衝突の流血沙汰となった、ということだ。この本の知見を踏まえると、この映画が事実に基づきながらも、フィクション作品であり、話を最大限にわかりやすく感動的にするために、描かなかったり手を加えたりしている部分があることにも気づく。たとえば民衆はけっして徒手空拳ではなかったのだし、主人公の運転手がのんきに不思議そうに光州を見ているのもクーデターで全国が戒厳令下にあった状況でそんな訳はないだろうと思われるし、米国の動向も省かれている。細部ではそうした気になる点が出てくるのだが、大まかなところではどんなひどいことが起こったか、スクリーンの上で再現してみせてくれるので、「韓国社会に決定的刻印を残した」と言われる光州事件を直に目の当たりにするような思いになり、粛然とする。ここからいくらかでも良い方向に向かい立て直すのに、韓国は80年代いっぱい、つまり十年かかったもののようだ。それとも十年で回復できたのは幸運というべきなのだろうか……。
「詩素」10号巻末の雑文コーナー「端切れヴゅう」に、統治論と法秩序のことについて短い文を書いたが、その続きのような形で、きわめて原理的な次元で考えるなら、法秩序と独裁者とはしばしば敵対的であり、決していい関係にはない。一般市民レベルでは、法の番人がそれなりに仕事をしていれば法秩序は公正と治安のために力をもつのだが、権力の上部に行けば行くほど法秩序のメルトダウンの危険が現実化してくる。独裁者とは、立法と行政と司法の全部門の手綱を握っている自分は法秩序をねじ曲げることも都合のいい法を作り発効させることもできる、殺人も強奪も易々と合法的に行う権限があると考えている人間だ。マーシャル・ローをふりかざす軍政をふくむ独裁政権は結局はそういうところまで行くだろう。そこまで行かなくても、良識を持ってはいても、最高権力者というものは法をないがしろにし政を恣にしたいという誘惑にもっとも近接したところにいる存在であり、その誘惑から距離を置くのは簡単ではない。そして最高権力者が法秩序やルールをないがしろにする素振りや気配を見せると、全国民はそれを鋭敏に感じ取り、その国あるいは共同体は重苦しい空気に包まれる。
1980年5月の光州のような場所へは実は案外あっけなく行ってしまうのかもしれないと思うと、揺れていない地面がいまにも揺れ動きそうに見えてくる。
(池田康)
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2021年05月09日
フランスの文芸誌「A」

「A」とは、表紙に「LITERATURE-ACTION」とあるから、「ACTION」のAのことのようだ。205×208ミリ、212ページ。価格は20ユーロ(けっこう高価?)。私はフランス語がだめなので残念だが、手に取って漫然とページを繰っていると、ところどころにカラー写真が載っている。まとまった数ページがカラーになっていることはよくあるが、この雑誌は規則性のない任意のページをカラーにしているように見え、印刷の基本からいうとこれは不思議なことで、どういう仕組みになっているのだろうと泰西の高等技術?に首をひねった。
(池田康)
追記
67ページからのロラン・ドゥーゼ氏の詩が面白い。フランス語と対訳で日本語訳も並んでいて、その日本語の組み方のギクシャクしたぎこちなさも微笑ましいのだが、日本を旅行しながら綴ったと思われる詩行の率直なかんじがこころよい。
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2021年05月03日
「詩素」10号完成

さて、「詩素」10号が完成した。今回の参加者は、海埜今日子、大仗真昼、大橋英人、小島きみ子、酒見直子、沢聖子、菅井敏文、大家正志、高田真、たなかあきみつ、南原充士、新延拳、二条千河、野田新五、野間明子、八覚正大、平井達也、平野晴子、南川優子、八重洋一郎、山中真知子、山本萠、吉田義昭のみなさんと小生。巻頭トップは、海埜今日子さんの「木箱」。
そして10号到達記念の特別企画として投稿詩を募集し、選考会を経て、次の三作品が受賞した。
〈最優秀賞〉
鹿又夏実「赤い電車に乗って」
〈優秀賞〉
鳴海幸子「360°」
七まどか「漆黒」
これらの作品と、選評、そしてほかの最終候補作についての選考委員のコメントを掲載している。
表紙は、草野心平「ヤマカガシの腹の中から仲間に告げるゲリゲの言葉」より。この詩に合わせて満月の日に完成させたかったところだが、数日ずれたのはちょっと惜しかった。
まだ残部ありますのでご注文下さい(500円)。
(池田康)
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2021年04月14日
泉遥歌集『風の音 私の来た道』

泉さんは長野県飯田市に在住で、1938年生まれの83歳。戦争をくぐり、持病の心臓病を克服し、長年保育士の仕事をつづけてきた、その生涯を彩り、つぶさに語る歌たちは、真情に貫かれている。
帯の文は、泉さんも所属するぱにあ短歌会の代表秋元千惠子さんによる:
「戦時を生き抜いた厳しくも優しい父母との確かな家族の絆が心に沁みる歌集である。伊那谷、天竜川の風土に磨かれた詩情は、二十歳で斎藤史の強靭な精神と自在な作風に出会って独自の開花を遂げている。若くして病いの死線を越え、子を成してからも、三十八年間保育士を勤め、夫君を老老介護、看取りも終えた。人生の苦を全て前向きに歌い続ける八十代の快挙。この『風の音』は、国の礎となった後期高齢者の心の力にもなる。」
帯の裏側に載せられている代表歌五首は:
雑沓を知らぬ大きな翼なり草原わたるコンドルの唄
仄青き山脈の裳裾霧白くたなびく辺り天龍の川
見るほどに愛し尊し書き置きの文字ふるえたる「ありがとう」は
ふきを煮る香りただよい涙あふる「いいにおいだ」と言いし夫はも
色も香も姿さえなき風なれど百歌を唄う千歌を歌う
三首目、四首目は、逝去した伴侶への挽歌。
上の五首には入ってないが、戦後生まれの読者にとっては、著者の子ども時代の、戦争時の歌が印象深いので、少し紹介する。
ゲートルと言うをはじめて巻く父の手元をかの夏見つめておりき
ゲートルを何故に巻くのかと問うわれに母は答えき「忙しいからよ」
ゲートルを巻き自転車を漕ぎて行く父を見送りきエプロンの母と
桑の皮を何にするのかと母に問う 軍服にするらしいと聞きておどろく
薩摩芋ならいいのにと思えども芋はないのだ 戦地行きか
庭先に正座で玉音放送を待ちき八月十五日 暑かりき
農良着の男ら寄り合う中ほどよりふわふわと聞えし玉音放送
地に伏せる男ら声を押しころし泣くを見つめし六歳の夏
敗戦を告げられしあの日大人らの神妙なるが訝かしかりき
駅前の柳の元を忘れない片足で立ちつくす傷病兵と募金箱
80年を越える波乱にみちた生涯をうたった短歌作品を一冊にまとめたもので、その重量感は相当なもの。斎藤史ゆずりの破調もところどころ現われてアクセントになっている。装丁も著者の手による。
(池田康)
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2021年04月09日
『幻花』の書評、佐藤聰明新作CD
今日発売の「週刊読書人」に佐藤聰明著『幻花──音楽の生まれる場所』(洪水企画)の書評が出た。評者は志賀信夫氏。ぜひご覧下さい。
さて、最近佐藤聰明さんの新しい作品集CD『水を掬えば月は手に在り/FOUJITA』(ALM RECORDS、3080円)が出たので、これも紹介しよう。このCDには二本の映画につけられた音楽作品が収録されている。サウンドトラックといえるものなのか、若干は仕立て直されているのかは不明。藤田嗣治の生涯を描いた映画「FOUJITA」(小栗康平、2015)についてはこのブログでも以前書いた(2015年11月21日)。もう一つの作品はごく最近のもののようで、私は未見だが、CD付属のブックレットに簡単な紹介文があるので引用する。
「陳傳興監督の中国映画「掬水月在手」(2020)は、伝説的な詩人であり中国文学者の葉嘉瑩(1924〜)の生涯を追ったドキュメンタリー・フィルム。葉嘉瑩は唐の詩人杜甫の研究者としても著名であり、陳傳興は佐藤にこの映画音楽に、杜甫の詩「秋興八首」にもとづく歌曲を依頼した。そして中国では滅んだ唐代の雅楽の楽器、笙と篳篥を用いるよう求めた。この映画は、中国のアカデミー賞といわれる第33回(2020年度)中国映画金鶏賞のドキュメンタリー部門で、最優秀賞を獲得した。」
音楽は「八首」を音楽化した8曲の歌曲からなり、ソプラノとバリトンにより歌われる。このCDでの演奏は(そのまま映画に使われた演奏ということになるか)工藤あかね(ソプラノ)、松平敬(バリトン)。伴奏は、篳篥・笙のほか、二十絃箏、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。漢詩をこよなく愛するこの作曲家にとって、杜甫の詩を作曲する機会は天からの褒賞のような願ってもないものだったのではないか。音による杜甫の肖像が立つ思いがする。地方を流浪しているのか、詩で自らの薄幸を述べ立てている面も興味深い。「其四」は戦乱を叙していて目が留まるので和訳を引用してみよう。
「聞けば長安の戦況は囲碁の如しと。百年の世事は悲しみ絶えず。王侯の邸宅の主はみな新しく、文武の衣冠は昔時とは異なる。直北の国境は戦の鐘と太鼓が天地を震わし、西征の車馬からは急を告げる伝令が馳せ帰る。魚竜は底に潜んで秋江は冷たく流れ、故国への常なる思いが深まる。」
どの曲も悠然とした旋律の中に悲哀を染み通らせている。二人の歌い手はそれをしんみりと、あるは堂々と、迷いなく確信をもってうたう。中国語でうたわれるのだが、演奏者側の事前の準備が周到で全く問題がなかったようだ。玄宗皇帝と往時の長安をしのんだ「其六」は伴奏なしのソプラノ独唱で、ことに印象深い。工藤あかねさんはこの歌を持ち歌にしてしまってすべてのステージでアンコールでうたってほしいものだ。さらに詩の想念が広がる「其七」「其八」(ともにバリトン曲)も切迫感と重みがある。このお二人の歌手はご夫婦とのことで、どちらの方とも私はかつて言葉を交わしたことがあるのだが、あちらは覚えておられないだろう。
CDの後半に入っている「FOUJITA」の音楽だが、映画を見ながら聴いたときよりもちゃんと聴けた感じがあり、こうして聴いてみると映画音楽とは思えない独立の存在感がある(「掬水月在手」についてもそれは言える)。ゆるやかな勾配の上昇階段と下降階段が交互に不規則に続く、海山の気の動きのようなゆったりとしたリズムがあって、そこから外れる異様な和音奏やハープの細かな動きが時おりなにかの通信、碑文、魂魄の息のような衝撃を作る。我々の今日の計算ずくの日常生活にきっかり嵌るような音楽ではなく、たとえば住所表記もできないような山奥に茶室がありそこで過ごす時間があれば相応しいかもしれない響きと調べだ。演奏は、杉山洋一(指揮)、仙台フィル、篠崎史子(ハープ)。
(池田康)
さて、最近佐藤聰明さんの新しい作品集CD『水を掬えば月は手に在り/FOUJITA』(ALM RECORDS、3080円)が出たので、これも紹介しよう。このCDには二本の映画につけられた音楽作品が収録されている。サウンドトラックといえるものなのか、若干は仕立て直されているのかは不明。藤田嗣治の生涯を描いた映画「FOUJITA」(小栗康平、2015)についてはこのブログでも以前書いた(2015年11月21日)。もう一つの作品はごく最近のもののようで、私は未見だが、CD付属のブックレットに簡単な紹介文があるので引用する。
「陳傳興監督の中国映画「掬水月在手」(2020)は、伝説的な詩人であり中国文学者の葉嘉瑩(1924〜)の生涯を追ったドキュメンタリー・フィルム。葉嘉瑩は唐の詩人杜甫の研究者としても著名であり、陳傳興は佐藤にこの映画音楽に、杜甫の詩「秋興八首」にもとづく歌曲を依頼した。そして中国では滅んだ唐代の雅楽の楽器、笙と篳篥を用いるよう求めた。この映画は、中国のアカデミー賞といわれる第33回(2020年度)中国映画金鶏賞のドキュメンタリー部門で、最優秀賞を獲得した。」
音楽は「八首」を音楽化した8曲の歌曲からなり、ソプラノとバリトンにより歌われる。このCDでの演奏は(そのまま映画に使われた演奏ということになるか)工藤あかね(ソプラノ)、松平敬(バリトン)。伴奏は、篳篥・笙のほか、二十絃箏、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ。漢詩をこよなく愛するこの作曲家にとって、杜甫の詩を作曲する機会は天からの褒賞のような願ってもないものだったのではないか。音による杜甫の肖像が立つ思いがする。地方を流浪しているのか、詩で自らの薄幸を述べ立てている面も興味深い。「其四」は戦乱を叙していて目が留まるので和訳を引用してみよう。
「聞けば長安の戦況は囲碁の如しと。百年の世事は悲しみ絶えず。王侯の邸宅の主はみな新しく、文武の衣冠は昔時とは異なる。直北の国境は戦の鐘と太鼓が天地を震わし、西征の車馬からは急を告げる伝令が馳せ帰る。魚竜は底に潜んで秋江は冷たく流れ、故国への常なる思いが深まる。」
どの曲も悠然とした旋律の中に悲哀を染み通らせている。二人の歌い手はそれをしんみりと、あるは堂々と、迷いなく確信をもってうたう。中国語でうたわれるのだが、演奏者側の事前の準備が周到で全く問題がなかったようだ。玄宗皇帝と往時の長安をしのんだ「其六」は伴奏なしのソプラノ独唱で、ことに印象深い。工藤あかねさんはこの歌を持ち歌にしてしまってすべてのステージでアンコールでうたってほしいものだ。さらに詩の想念が広がる「其七」「其八」(ともにバリトン曲)も切迫感と重みがある。このお二人の歌手はご夫婦とのことで、どちらの方とも私はかつて言葉を交わしたことがあるのだが、あちらは覚えておられないだろう。
CDの後半に入っている「FOUJITA」の音楽だが、映画を見ながら聴いたときよりもちゃんと聴けた感じがあり、こうして聴いてみると映画音楽とは思えない独立の存在感がある(「掬水月在手」についてもそれは言える)。ゆるやかな勾配の上昇階段と下降階段が交互に不規則に続く、海山の気の動きのようなゆったりとしたリズムがあって、そこから外れる異様な和音奏やハープの細かな動きが時おりなにかの通信、碑文、魂魄の息のような衝撃を作る。我々の今日の計算ずくの日常生活にきっかり嵌るような音楽ではなく、たとえば住所表記もできないような山奥に茶室がありそこで過ごす時間があれば相応しいかもしれない響きと調べだ。演奏は、杉山洋一(指揮)、仙台フィル、篠崎史子(ハープ)。
(池田康)
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2021年04月01日
少年感覚なるもの
先日、NHKEテレで吉増剛造+佐野元春の対談の番組があり、興味深く見ていたが(佐野の詩文学に対する造詣の深さは並大抵ではない)、虚心の視覚に印象深く残ったのは佐野元春の喜びに満ちた若々しい面貌で、詩とビートを熱く語るその情熱とともに、永遠の少年性のようなものを感じさせた。
映画「アメリ」(2001年、ジャン=ピエール・ジュネ)を最近見たが、これも少年感覚にあふれるものだった。世界を大胆に横断し悪戯心をもって切り刻む歩行ぶりは、稲垣足穂の「一千一秒物語」を思わせる硬質なきらめきを発して少年感覚そのものなのだが、それなのにあえて女の子を主人公にするという捻れがこの作品の魅力の特異さを生んでいるように思われた。
春に桜をめでるのは大人の成熟した悲哀の嗜好であって、少年の琴線は、花を散らして遊ぶ気まぐれな風、床を裸足で歩くひんやりとした感覚、高い建築の屋上にのぼり空を触ろうとする透明な欲望、紙飛行機の実利ゼロのきれいな宙返り、たまさか路上に生じた水たまりの水鏡の風情、……そんなものに反応する。世間の流れ、生活の成り立ちに無頓着に発動する幼い乱暴な無垢の美意識。それはある種の詩の原基ともなりうる。
清浄な敬虔さで知られる八木重吉の詩も少年感覚を主要成分として含んでいるように思われる。
空よ
そこのとこへ心をあづかつてくれないか
しばらくそのみどりのなかへやすませてくれないか
「秋の空」より。せっかくだから春の詩を引用しようと思ったのだが、秋の詩になってしまった。
(池田康)
映画「アメリ」(2001年、ジャン=ピエール・ジュネ)を最近見たが、これも少年感覚にあふれるものだった。世界を大胆に横断し悪戯心をもって切り刻む歩行ぶりは、稲垣足穂の「一千一秒物語」を思わせる硬質なきらめきを発して少年感覚そのものなのだが、それなのにあえて女の子を主人公にするという捻れがこの作品の魅力の特異さを生んでいるように思われた。
春に桜をめでるのは大人の成熟した悲哀の嗜好であって、少年の琴線は、花を散らして遊ぶ気まぐれな風、床を裸足で歩くひんやりとした感覚、高い建築の屋上にのぼり空を触ろうとする透明な欲望、紙飛行機の実利ゼロのきれいな宙返り、たまさか路上に生じた水たまりの水鏡の風情、……そんなものに反応する。世間の流れ、生活の成り立ちに無頓着に発動する幼い乱暴な無垢の美意識。それはある種の詩の原基ともなりうる。
清浄な敬虔さで知られる八木重吉の詩も少年感覚を主要成分として含んでいるように思われる。
空よ
そこのとこへ心をあづかつてくれないか
しばらくそのみどりのなかへやすませてくれないか
「秋の空」より。せっかくだから春の詩を引用しようと思ったのだが、秋の詩になってしまった。
(池田康)
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2021年03月30日
銀河洪水の書評
八重洋一郎詩集『銀河洪水』(洪水企画)の書評が公明新聞の3月29日の紙面に出ましたので、よろしければご覧下さい。評者は野村喜和夫さん。最後の部分を引用すると:
「要するに八重は、人ひとりの生を超えたリズムの発現として詩を捉え、宇宙それ自体が発する「変幻自在の妙なるリズム」と交響させながら、「(人類を超えた)思いがけない/くすしき未来」を垣間見ようというのである。コロナ禍で息苦しい生存を強いられている私たちに、こんな清浄な別天地への誘いを運んでくるとは、まさにマレビトにほかなるまい。」
(池田康)
「要するに八重は、人ひとりの生を超えたリズムの発現として詩を捉え、宇宙それ自体が発する「変幻自在の妙なるリズム」と交響させながら、「(人類を超えた)思いがけない/くすしき未来」を垣間見ようというのである。コロナ禍で息苦しい生存を強いられている私たちに、こんな清浄な別天地への誘いを運んでくるとは、まさにマレビトにほかなるまい。」
(池田康)
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2021年03月16日
秋元貞雄作品集『落日の罪 ─青春の苦悩と叛骨─』

著者の秋元貞雄氏は、短歌文芸誌「ぱにあ」の制作などで懇意の、歌人の秋元千惠子さんの夫君で、昨年6月に逝去された。死後、遺されたものを整理していたら、若い頃に書いた小説の原稿が出てきて、読んでみるとそれなりによく書けていて面白く、時代の証言ともなっており、秋元貞雄の最重要の形見とも言えるものなので、本にしたいというお話があり、今回の出版に結実した。
実際に作業を始めたのが11月に入ってからで、3月には完成させたいとのご希望があり、しかし原稿は雑然とした状態の手書き原稿が多く、時間的に非常な困難が予想されたので、小説原稿は数人で手分けして打ち込み作業をしてデータ化し、十日ほどでラフな第一稿を作り、何度にもわたる校正、校閲をして仕上げた。仮名遣いは歴史的仮名遣いと現代仮名遣いが混在していたが、小説作品に関しては歴史的仮名遣いに統一することとし、このための修正作業も絶望的に大変だった。小説は「運命」「落日の罪」「ある青春」「遠くの花火」「悲しき慕情」「醜女との関係」「恋情」「自惚れ成佛」の8作が収録されていて、このうち死んだお姉さんの悲運を物語る「運命」は生まれ故郷の満洲を舞台としていて注目されてよく、またタイトル作「落日の罪」も戦争を必然の背景としていて文学者秋元貞雄を証する重要作となっている。他の作品では戦後の青年の生きる姿がおもに恋愛感情を軸に描かれており、世相、風俗などの点でも興味深い。すべて高校・大学時代(1951〜55年)に書かれたもので、社会人となった時点で筆を擱いたことが惜しまれる。
第二章は同じ青年期の文芸評論と日記の抄からなっている。日記は二冊の大学ノートと断片が遺されていて、全部活字にするわけにもいかず、抄出とした。ノートに細かい文字で書かれているのを読むのは骨が折れたが、幸い読めない箇所はほとんどなく(秋元貞雄がどういう字を書いたかは、写真の章の232〜233ページに2通の手紙が収めてあるのでそちらをご覧いただきたい)、その時代の日々の生活が小説以上によくうかがい知れて、日記というもののドキュメント的位置を改めて学んだ思いだった。
第三章は晩年に書かれたエッセイが収録されている。壮年期に取り組んだ自然食の店の理念や主張を述べた文章のほか、子供時代の満洲での思い出、引揚げのときの苦難の物語を書いたものがあり、非常に貴重だ。
略年譜は8ページを占め、周到な詳細さと取りこぼしを許さない細やかな愛情で重要項目が記される。
付録の章「晩年の周辺」には、著者最晩年の闘病の日々につきそいながら書かれた妻・秋元千惠子さんの文章と短歌作品が収められている。
そして巻末のカラー写真の章「写真で辿る叛骨の生涯」(24ページ)は、誕生から死の直前までの秋元貞雄の生きた足跡を示す肖像や光景が多数掲載されていて、視覚イメージからその生涯をたどることを可能にしている。
本文の略年譜の次に、俳人・北大路翼氏の批評文「戦後の焦燥を背負って」、小生のつたない解説文「王道も楽土もない時代を生きる」が挿入されていて、秋元千惠子さんによるあとがきの文章「「秋元貞雄作品集」刊行について 「女房慕何」の記」に続くことになる。
帯文は、北大路翼氏の言葉:
「多感な青年期を敗戦の満洲で迎えた男が背負った「責任」とは。愚直なまでに国を問い、愛を問い、己を問い続ける態度が落日を赤く燃え上がらせる。己を律することから生まれる叛骨精神こそ、軟弱な時代の僕たちが触れるべき作品であろう。」
ついでに小生の解説文の最後の一節:
「戦争は人の生きる道について大いなる矛盾を形成する。昭和初期に生を享けたすべての人間の魂には戦争の悲痛な割り切れなさが必然的に刻印されていると言えるが、幸運にもなんとかそれを誤摩化してひどく苦しむことなく生きながらえることができる人もいる。しかし満洲に生まれ、終戦後に引き揚げてきて「異郷の地・日本」で暮らすことになる秋元貞雄には、その根本的矛盾を摩滅解消させることは最後まで不可能だっただろう。その精神的苦悩が彼の“歌”となってここに遺る。」
そして秋元千惠子さんのあとがきの最後の一文:
「秋元貞雄の故郷「満洲国」は終戦で滅びた。いまや満洲を語れる昭和の証言者は少ない。一庶民貞雄の無垢な心に刻まれた時代の真実だからこそ、次世代に伝え後世に遺したい。お目通し頂ければ幸いに存じます。」
幾多の難儀を経て生まれたこの本を、ぜひ手に取ってご覧いただきたい。
(池田康)
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