2021年07月12日

新倉俊一詩集『ビザンチュームへの旅』

ビザンチュームへの旅002.jpg英米文学研究者の新倉俊一さんがこのたび5冊目の詩集『ビザンチュームへの旅』を洪水企画から刊行した。2021年7月25日発行、A5判並製、64ページ。税込1760円。
「みらいらん」7号に発表されたタイトル作「ビザンチュームへの旅」のほか、日々の生活、遠方への旅のさまざまなシーンを13〜14行の詩篇にまとめた「冬の旅 抄」22篇、ギリシア神話の風光を取り入れてうたう「ヘレニカ」6篇、そして西脇順三郎や安藤一郎、同時代の詩人たちとの交友を語るエッセイ「詩人の曼荼羅」を収める。
「冬の旅 抄」から「桔梗」と「紅葉」を紹介しよう。

  桔 梗

 「夏の路は終わった」
 と呟いた詩人のあとを
 追って秋も過ぎ唯一人
 冬の旅を続けている
 もう学問も研究も忘れて
 ただ白露の下に眠る
 宿根の蒼白な桔梗を
 ひそかに探しているだけだ
 古今集に詠まれている
 中国から渡来したという
 あの桔梗の花には遥かな
 淡い色彩が宿っている


  紅 葉

 今まで大山詣でを怠ってきたので
 関東管領より命令が来て
 台風の過ぎた日に山腹へ登った
 平安時代から続く阿夫利神社は
 四方を険しい山に囲まれていて
 ながながと神事が続き漸く
 能が始まるころには垂れこめた
 雨雲からしとしと滴り始めた
 それでも能楽堂の中で無事に
 鮮やかな緋色を纏った女たちの
 紅葉狩りの宴が催されて
 最後は全山が明るく彩られた

西脇順三郎の薫陶を受けた新倉俊一さんの詩風は清らかで、文学に対して達観しているような穏やかさがある。深遠な文学的教養を背景に淡々と語られる詩行は高貴な一人弾き語りだ。そして巻末収録の、西脇順三郎や安藤一郎、同時代の詩人たちとの交友をご自身の視点から細やかに語るエッセイ「詩人の曼荼羅」からは戦後昭和のひとつの中心的な詩のサークルの風光が鮮やかに顕現する。
さて、タイトル作「ビザンチュームへの旅」は、本文にイエイツの名も出てきているように、イエイツの詩「Sailing To Byzantium」をモチーフにしており、それは「魂の歌を習う」という究極の課題について書かれている。II章の「And therefore I have sailed the seas and come / To the holy city of Byzantium.」、III章の「O sages standing in God's holy fire / As in the gold mosaic of a wall, / Come from the holy fire, perne in a gyre, / And be the singing-masters of my soul.」のあたりにその本意があるのだろう(岩波文庫から対訳の『イエイツ詩集』が出ているので参照していただきたい)。詩人・新倉俊一の詩に対する真摯さがこの連関からもうかがえる。
(池田康)
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2021年07月05日

宇佐美孝二著『黒部節子という詩人』

黒部節子という詩人002.jpg宇佐美孝二さんがこのたび詩人論『黒部節子という詩人』(シリーズ詩人の遠征11巻)を洪水企画から刊行した。四六変形判、176ページ、税込1980円(1800円+税)、8月1日発行。
黒部節子は1932年三重県(旧)飯南郡生まれ、結婚後は愛知県岡崎市で暮らし、2004年逝去(72歳)。モダニズムをくぐり、前衛の切先を極限まで研いだのち、自我の深みを探索するような詩風に移行した。その後脳内出血で倒れ意識不明となり二十年の昏睡の晩年を送った。昭和の激動の時代に独自の道を歩んだ詩人の生涯を展望し、重要作品の分析・読解を試みる。
名古屋市在住の詩人である宇佐美孝二さんは、必ずしも大メジャーな詩人とは言えないが注目すべき軌跡を残し、独創的な作品の数々を書いた地元の重要な詩人、黒部節子を独自に研究し、2003年以降同人誌などで論じてきた。これはそのすべてをまとめた鏤骨の詩人論であり、貴重な写真や年譜、若い頃の書簡も載せ、詩人・黒部節子の全体像をつかむには欠かせない一冊となった。
黒部節子は若い頃、「暦象」という松阪に拠点を置くモダニズム系の詩誌に所属して作品を世に送り出すことを始めた。そのころの作品「物語」が本書に論じられているので、部分的に引用しよう。

 白い空の消えるあたり
 早い晩餐がひらかれた、つつましい
 虹色の椅子やテーブルの上で

 空腹の天使は空ぢゅうに
 つめたい海盤車をこぼしていった
 海が光り出す前に

 陸地のつきるあたり
 一面の草原の乾いた風の中を
 短い葬列が過ぎていった
 遠い海へ棺がはこばれた
  (後略)

この詩を収録した第一詩集『白い土地』は1957年に出ている。
その後、どういう思考の経緯をへてか、1969年に『耳薔帆O』というあまりにも前衛的な作品集(詩集とは呼ばれていない)を作った。詳しくは本書をご覧いただきたいが、この「謎」は途轍もなく大きい。
そして前述の通り、晩年は長い時間を昏睡状態で過ごすのだが、そうなるまえの、闘病の時期に、意識の深みへ下りていくような作品群を書いており、宇佐美氏はこれらをとくに重要視して、本書でも丹念に読解と考察を試みている。その作品群のなかでもとりわけ不思議さで印象に残る「夾竹桃」を紹介しよう。

 あの展覧会はとうとう見なかった。その絵には黒い
 大きな箱と小さな箱がかいてあって  そのなかに
 「空が一枚ずつ入っているの」と誰かが言っていた。
 わたしはまだそんな空も箱も 見たことがなかった。
 美術館が閉まるころ 一枚の絵がふろしきに包まれ
 裏口から出てゆくのを昼の夢に見た。若い男の手が
 しっかりとふろしきの結び目をにぎっていた。どこ
 かで夾竹桃が咲き どこかで夾竹桃が枯れ  だれ
 もいない遊動円木が揺れて「落とさないで!」と叫ん
 だ。それは遠い  二十年も前の誰かの声のようだっ
 た。左に曲がると 不意に養護学校の裏に出た。夕日
 が落ちかかっていた。 庭に干してあったきものを取
 りこみ 黒い大きな箱と小さな箱に入れて  しまっ
 た。きものは古い干し草の匂いがした。 かすかな空
 と紙魚の匂いも。やはり裏があいていた。 裏のブロ
 ック塀と隣の屋根の間に  小さな三角形の空がみえ
 た。暗いまわりに切りとられて  急に近く光ってい
 る空。「落ちないで!」わたしが叫んだ。

こんな詩は読んだことがない。これはどういう種類の夢幻の闇なのか。ほかにも、昏い幻想をはらんだ詩がいくつも紹介され解析される。宇佐美孝二さんの導きで、黒部節子の詩の森にぜひ踏み込んでいただきたい。
(池田康)
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2021年07月03日

突然けたたましく

昨晩から今朝にかけての雨は激しいものだったらしく、寝ている間に携帯電話に到来する災害緊急連絡メールのけたたましい音に何度も叩き起こされた。
近くを流れる金目川が氾濫の可能性があるとのこと。しかしこれは信じられない話だ。あの大容量の河床が氾濫するのにどれだけの水量がいることか、そんな水量がこの48時間のうちに天から落ちてきたというのだろうか。幸い、居住地の近隣は普段通りでなんともなかったが、テレビニュースで金目川氾濫!により道路が冠水する映像が流れていた。また静岡県では相当な被害が出ているようだ……

ここで、申し訳ないが、呑気な話に転換。
目覚まし時計は、機嫌よく起きるためには、突然けたたましく鳴るのではなく、母親がやさしく揺り起こすような、初めは静かに、だんだん音が大きくなっていく方がよいのではないかという気もする。既存曲で言えば、ラヴェルの「ボレロ」とか、R・シュトラウスの「ツァラツストラかく語りき」とか。ワーグナーなら「ローエングリン」や「ラインの黄金」の導入部とか。目覚まし時計メーカーは、静かに始まり5分くらいで大きな音になる、そういう目覚まし用の音楽を公募するといい。ラヴェルやワーグナーに対抗できるような名曲をぜひ。
しかし災害緊急連絡メールは突然けたたましく鳴り出すのでなければ、役に立たないか。
(池田康)
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2021年07月01日

二条千河詩集『亡骸のクロニクル』

亡骸のクロニクル002.jpg北海道在住の詩人、二条千河さんが新しい詩集『亡骸のクロニクル』を洪水企画から刊行した。四六判並製、96ページ、税込1980円。2021年7月21日発行。
二条さんは知り合ってからもう十数年になると思うが、私が手がけている詩誌「虚の筏」、そして「詩素」に参加して、いつも力強い作品を発表してきた。今回はほぼ10年ぶりの3冊目の詩集の上梓ということになる。
二条さんは東日本大震災の前年から北海道胆振東部地震の翌年(2019年)までを北海道南部の海岸沿いにある地、白老町(苫小牧と登別の中間にある)で暮らした。巻頭に「思い出の町、白老に捧ぐ」とあり、その十年弱の居住を記念して、その時期に書かれた詩を収録する一冊となっている。カバーを飾る写真は、白老在住のフォトグラファー、永楽和嘉さんが撮影した白老近くの森の風景とのことだ(装丁は巌谷純介氏)。
地元北海道の地誌・歴史に根差した作品から、生物学や地質学の知見をふまえた作品まで、視野を広くとり、個の抒情を越えた、思想性を帯びた詩世界を創造する。その詩風は、媚もごまかしもない峻烈で明晰な言葉が世界と生の謎に正面から対峙する、断固たる構えにあるだろう。地球史をも宇宙論をも突き抜ける壮大なイマジネーションは強靭に尖っている。
詩集名は冒頭の作品「Universe」から来ており、また帯文の「今、踏んだのは誰の骨」「喪の明ける方角」は最後に置かれた作品「服喪」の中の言葉だ。この二作を読めば、この詩集の中心をなすベクトルが明瞭に感じられることと思う。生世界と死の関係性を闡明しようとする志向のぶれなさは希有のものだ。
さて、この詩集の収録作品を編集する過程で、とくに感銘を受けたのが「パンゲアの食卓」である。7年前に「虚の筏」7号に発表されたときはさほどとも感じなかったが、今回改めて読んで、異様な昂りを覚えた。持っている本をすべて処分して、最後に一冊だけ、薄い詩のアンソロジーを手元に残すとしたら、そのアンソロジーに収録するための候補作品に入れたいとさえ思う。以下にこの詩を紹介しよう。

 覚えているか
 パンゲアの子どもたちを
 毎朝 大きな食卓を囲んで
 屈託もなく笑っていた
 言葉を交わさなくても
 心はいつもひとつだった
 彼らの暮らす大地がひとつだったように

 その大地が 遠い昔
 広い海のあちこちに分かれて
 散らばっていた時代もあったなんて
 誰も信じようとしなかった
 (だってそれじゃどうやって
  いっしょにごはんをたべたり
  ひなたぼっこをしたり
  うたをうたったりすればいいのさ?)
 しかしその問いを
 子どもたちは口にしなかった
 心がいつもひとつなら
 自分の知らないことは誰も知らないのだ

 彼らにはきっと想像もできなかったろう
 同じ星に暮らしていながら
 ばらばらの時間に
 ばらばらの場所で
 ばらばらの食事をする なんて
 (おなかがすくのは
  みんないっしょなのに?)

 超大陸パンゲアには
 子どもたちだけが暮らしていた
 毎朝 大きな食卓を囲んで
 倦むこともなく笑っていた
 心はいつもひとつだったから
 自分の知っていることは誰もが知っていて
 言葉を交わす必要がなく
 伝え合うべき物語もなかった

 覚えているか
 パンゲアの食卓に響いた歌声を
 題もなく詞もなく
 旋律だけで語られる歴史が
 ただひとつあったはずなのだが

なお、作品の末尾に「地球史上には、多くの大陸が一つに合体して形成される「超大陸」がたびたび出現する。約三億年 前に存在したとされる超大陸「パンゲア」は、後に分裂して現在の六大陸を生んだ。」という注がついている。
(池田康)
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2021年06月28日

山川純子歌集『雪原に輝くふたりの大の文字』

大の文字002.jpg北海道網走に住む山川純子さんの第三歌集『雪原に輝くふたりの大の文字』がこのほど洪水企画から刊行された。四六判上製、164 ページ。 2021年7月13日発行。税込1980円。
著者は短歌文芸誌「ぱにあ」に参加する歌人。地元の開拓百年記念碑に短歌一首を提供したり、居住地の町のイメージソングの作詞もしている。
雪に象徴される厳しい風土、その広い大地での牛飼と農耕の生活。そして娘との思わぬ死別の悲しみ、孫と一緒に暮らしその成長を見守る喜びがこの歌集の筆頭の特徴となっている。本書冒頭の一首は

 オホーツクの空の青さを区切りたる大地に牛ら群れて草喰む

どういう環境でこの歌人が日々を暮らしているかが一気にわかる。牛を飼う生業は著者の生活の一部だったが、牧牛の仕事をやめるという決断をし、その寂しさ悲しさをうたった歌もある。

 牛飼を廃めるとはまた唐突な 夫の表情はたと見詰める
 牛らとの別れの日まであと数日竹箒に背中撫でて回れり
 最後なる搾乳終えて送り出さん牛の頭に頭絡を着ける(頭絡=移動の時に用いる綱)
 牛発たせし朝なり夫と仏前に手を合わせいる少し長くを 
 我が職場と三十七年向き合いし今がらんどうの牛舎に立ちいる
 解体を明日なる牛舎ひっそりと闇の底いに同化してゆく

娘さんが急逝したときの歌は悲痛だ。癒えることのない創痕を著者の心に残したにちがいない。

 救急車来るに停車し見送りぬ搬送さるるが我娘とも知らず
 病院に着きたる時はもう既に娘は逝きており呼ぶ声も出ぬ
 薄赤く灯れる車内手を添えて此の世の外なる我娘と戻りぬ

そうした悲哀の感情と対照的なのが、一緒に暮らすことになった孫の赤子時代から小学校高学年までの成長を詠んだ一連の歌だ。活力が家庭にみなぎる。

 娘一人の我に縁なきと思い来し内孫なりぬ男の子とぞ
 「男児ですよ」と言われし時の感動のそのオチンチンなりしみじみと見る
 一歳の嫌嫌嫌なり全身が嫌の一心反り返りたり
 這イ這イを卒業したる足音がドア開け廊下を突っ切って行く
 「マサモ除雪スル!」赤い防寒着にスコップ持ち勇んで三歳雪降るなかを
 「サンタさん、本当はいないよ」と言いながらプレゼントのリボン解きゆく孫は

そして歌集名は次の歌から採られている。

 孫を真似て新雪のなか倒れ込む舞い上がる雪顔に落ち来る
 新雪に腕を広げて倒れ込む 孫の「大」の字 我の「大」の字

晴れやかな心持ちが雪景色と溶け合うかんじが独特だ。
山川さんがあとがきで次のように書いている。
「短歌を学び始めたのは平成元年の春。いつの間にか三〇年を超えた。この間に二冊の歌集と、その後歌文集二冊をまとめ、今回は一八年ぶり三冊目の歌集になる。七〇歳という区切りもだが、子供を亡くした悲しみの中、孫の傍らで成長を目の当たりにしながら詠み溜めた作品を確かな形にしておく事が、何よりの目的である。」
18年をかけて生まれた果実が豊潤でないはずがない。
(池田康)
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2021年06月25日

みらいらん8号

みらいらん8表紙画像003.jpg
「みらいらん」8号が完成した。今号は「特集・嶋岡晨」と、前号から引き続きの回覧書簡「いま、なぜビート詩か?」の後編と、大きな企画が二つあり、192ページと膨らんだ。
「特集・嶋岡晨」では、城戸朱理さんと相談しながら作ったのだが、その結果、最初の想定を遥かに越えた大特集となった。城戸さんが質問項目を構築し、嶋岡さんが回答する形の書簡インタビュー「城戸朱理の謹厳精緻な十の質問と嶋岡晨のおおどかな二通の回答」、嶋岡さんの詩の最新作「失われた母国の歌」、そして論考は、城戸朱理、小笠原鳥類、田野倉康一、阿部弘一、大家正志、有働 薫、布川 鴇、新城兵一、山崎修平、村松仁淀、川村龍俊、広瀬大志のみなさんにご寄稿いただいた。大学の教え子、同郷の後輩、かつての同人誌仲間、嶋岡晨詩集をすべて蒐集することをめざす熱烈な支持者、長年遠くから見つめてきた崇拝者、といった方々が嶋岡詩の魅力と力について、「怒り」と「変身」と「自由の希求」について、惜しむことなく語っていて、その熱度に圧倒される。そして小笠原鳥類・城戸朱理選による嶋岡晨詩抄(20篇)、新たに執筆された自筆略年譜にもご注目いただきたい。
回覧書簡「いま、なぜビート詩か?」後編は、前編とは反対の順番で執筆が行われた。すなわち野木京子/長田典子/飛松裕太/油本達夫/中上哲夫という流れ。ビート詩研究会で読書会を行ったアンソロジー『Women of the Beat Generation』を土台にして、さまざまの女性詩人の仕事が紹介される。最後の中上さんの書簡では日本におけるビート詩運動の「受容史」がかなり詳細に総括されていて、壮観だ。
巻頭詩は、安藤元雄、八重洋一郎、福田拓也、結城 文、松本秀文のみなさん。
表紙のオブジェは國峰照子作「うつろい」。右側の画像はオブジェの内部を写したもの。ここまで作り込むところに國峰さんの創造の精神性がうかがわれる。雑誌をお送りしたら早速國峰さんからお電話をいただき、いろいろお話をうかがったのだが、巻頭の安藤さんの作品「踊る二人」が「うつろい」に通じているように思えると喜んでおられて、なるほど、気がつかなかったがそういうところがあったかと、思いがけない連結線にときめきを感じた。

さて、小生執筆の「深海を釣る」で、先日逝去された清水邦夫さんの「真情あふるる軽薄さ」について書いたのだが、スペースの都合で書けなかったことをここに補論として記したい。
DVDになっている再演「真情あふるる軽薄さ2001」の最後では、RCサクセションの演奏による「ラヴ・ミー・テンダー」が流れていた。忌野清志郎を「真情あふるる軽薄さ」の主人公の青年に重ね合わせることは確かに的外れではないように思われる。
「ラヴ・ミー・テンダー」はアルバム『カバーズ』に入っている。わが妄想の(永遠に叶わない)音楽的野望は、忌野清志郎のバンドに加わって「噓だろ!」(同アルバムの冒頭の曲「明日なき世界」)とコーラスで叫ぶことだが、このアルバムを聞き直してみると、「Kodomo-Tachi」のクレジットで児童合唱とも言えぬちゃらんぽらんな適当さで子どもたちが一緒に歌っていて、これでオーケーならボクだって加われる!と思ったものだ。
この『カバーズ』というアルバムにはボブ・ディランの「風に吹かれて」とジョン・レノンの「イマジン」が揃って入っており、希有な濃密さを実現している。カバーアルバムで時代を画するこの両曲が同時に入っている事例は世界でも少ないのではないか。日本ではひょっとしたらこの一枚だけかもしれない。しかもどの曲も忌野自身の手で訳された日本語詞がうたわれており、このこともこの作品集の価値を高めている。CDの帯には「往年の名曲の数々に「反戦・反核」の意訳をつけたカバー曲集。単なる日本語訳詞ではなくオリジナルとも言えるその歌詞は力強い。」という紹介文が入っており、このアルバムが(発売中止など)騒がれた要因を簡潔に伝えている。1988年8月15日に発売された、ということは、つまり昭和のどんづまりの時期だ。忌野の高邁な「戦い」の形がここに結晶していると言える。
(池田康)
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2021年06月17日

虚の筏27号

「虚の筏」27号が完成した。今回の参加者は、酒見直子、久野雅幸、たなかあきみつ、小島きみ子、生野毅、海埜今日子のみなさんと、小生。
下記リンクよりご覧下さい。
http://www.kozui.net/soranoikada27.pdf

(池田康)
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2021年06月01日

きまぐれ掲示板

いろいろ催しなどの情報が届いているので、簡単に紹介しましょう。

★吉増剛造展〈Voix〉
5月22日〜6月20日、artspace&cafe 栃木県足利市通2丁目2658(電話0284-82-9172)
月曜火曜休廊

★吉村七重ほか 箏リサイタル
6月13日14時〜、東京オペラシティリサイタルホール

★Ayuo〈2021年夢枕公演〉
6月24日19時〜、めぐろパーシモンホール 小ホール
予約 yumemakura2020@gmail.com

★吉岡孝悦作曲個展
7月17日14時〜、東京文化会館小ホール
(…生野毅さんの詞による合唱と打楽器の曲が演奏されると生野さんから案内あり…)

★南原充士さんの新しい詩集(電子版)
https://www.amazon.co.jp/gp/product/B0965MSJZD/ref=dbs_a_def_rwt_bibl_vppi_i3


(池田康)
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2021年05月25日

『風の音』の記事

弊社刊の泉遥歌集『風の音』が先日、南信州新聞で紹介された。読者からも反響があったようで、著者の泉さんも喜んでおられたのだが、その記事コピーを見せてもらうと、詩歌の作品集が新聞などで批評・紹介される記事としてはあまり見られないくらいに理解深く丁寧に細心に寄り添っていて、これなら読者の心にも素直に響くだろうと感心した次第。下記リンクからご覧いただきたい。
http://www.kozui.net/image/20210509minamishinshu.jpg

(池田康)
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2021年05月13日

映画「タクシー運転手」から考える

数年前にかなり評判になっていた韓国映画「タクシー運転手〜約束は海を越えて〜」(チャン・フン監督、2017)が先日テレビで放映されていたので、見た。1980年の光州事件を扱った作品。軍隊が学生など民衆を武力弾圧するシーン、流血と蹂躙が生々しくて恐ろしい。現在のミャンマー情勢ともダブってきて、さらに重苦しい気分になる。
水野邦彦著『韓国の社会はいかに形成されたか』(日本経済評論社、2019/水野氏はかつての学友で、この一冊は彼がめぐんでくれたもの)の光州事件を解説した章にはこうある。

「朴正煕が暗殺されたのが一九七九年一〇月二六日、その後一二月一二日にクーデターによって実権をにぎった全斗煥を中心とする陸軍士官学校一一期の軍人たちは、軍部のみならず社会の全分野を掌握した。軍部は兵営復帰の意思を表明しながらもクーデターののち翌一九八〇年五月はじめまで影響力を増大させていった。一九八〇年四月一四日には全斗煥が中央情報部長まで兼任することが公にされ、これで全斗煥が政治的野望をもっていること、軍部が強硬に権力掌握をくわだてるであろうことは、だれの目にもあきらかになった。軍部によって占拠された政権における再度の非常事態発生を憂慮した民衆勢力は、朴正煕暗殺以来しかれていた戒厳令の解除のために組織的な活動をすすめた。」

このような成りゆきの中で、首都ソウルでの衝突は回避されたのに対し、光州においてとりわけ緊張は高まり、5月18日〜27日、大規模な衝突の流血沙汰となった、ということだ。この本の知見を踏まえると、この映画が事実に基づきながらも、フィクション作品であり、話を最大限にわかりやすく感動的にするために、描かなかったり手を加えたりしている部分があることにも気づく。たとえば民衆はけっして徒手空拳ではなかったのだし、主人公の運転手がのんきに不思議そうに光州を見ているのもクーデターで全国が戒厳令下にあった状況でそんな訳はないだろうと思われるし、米国の動向も省かれている。細部ではそうした気になる点が出てくるのだが、大まかなところではどんなひどいことが起こったか、スクリーンの上で再現してみせてくれるので、「韓国社会に決定的刻印を残した」と言われる光州事件を直に目の当たりにするような思いになり、粛然とする。ここからいくらかでも良い方向に向かい立て直すのに、韓国は80年代いっぱい、つまり十年かかったもののようだ。それとも十年で回復できたのは幸運というべきなのだろうか……。
「詩素」10号巻末の雑文コーナー「端切れヴゅう」に、統治論と法秩序のことについて短い文を書いたが、その続きのような形で、きわめて原理的な次元で考えるなら、法秩序と独裁者とはしばしば敵対的であり、決していい関係にはない。一般市民レベルでは、法の番人がそれなりに仕事をしていれば法秩序は公正と治安のために力をもつのだが、権力の上部に行けば行くほど法秩序のメルトダウンの危険が現実化してくる。独裁者とは、立法と行政と司法の全部門の手綱を握っている自分は法秩序をねじ曲げることも都合のいい法を作り発効させることもできる、殺人も強奪も易々と合法的に行う権限があると考えている人間だ。マーシャル・ローをふりかざす軍政をふくむ独裁政権は結局はそういうところまで行くだろう。そこまで行かなくても、良識を持ってはいても、最高権力者というものは法をないがしろにし政を恣にしたいという誘惑にもっとも近接したところにいる存在であり、その誘惑から距離を置くのは簡単ではない。そして最高権力者が法秩序やルールをないがしろにする素振りや気配を見せると、全国民はそれを鋭敏に感じ取り、その国あるいは共同体は重苦しい空気に包まれる。
1980年5月の光州のような場所へは実は案外あっけなく行ってしまうのかもしれないと思うと、揺れていない地面がいまにも揺れ動きそうに見えてくる。
(池田康)
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